2026年9月27日(日)

偉人の愛した一室

2026年9月27日

 主室8畳に6畳がつく二間続き、床の間、床脇が備わる書院風の造りで、南側に畳8枚もの広縁が設けられている他は、温泉宿の落ち着いた佇まいである。だが、ご案内いただいた宿の方によれば、「掛け軸の裏に隠し通路が設けられていたという話もあります。VIPをご案内するお部屋でした」。

漱石が愛用した文机や硯の展示。机に向かい、筆を走らせた文豪の背中が不意に浮かび上がる

 翌日、漱石は改めて本館に案内され、部屋からの眺めに満足したまではよかったのだが、肝心の胃潰瘍が日に日に悪化する。8月17日には吐血し、東京から妻の鏡子や掛かりつけの医師らが呼び寄せられる。24日夜には大量吐血し、一時、人事不省に陥った。医師は多数のカンフル剤を打って意識を呼び覚まし、危険な状態は朝まで続いた。

生きて仰ぐ 空の高さよ赤蜻蛉

 危篤の報を受けて、友人知人が修善寺に駆けつける中、容態は次第に回復に向かい、9月半ばには氷嚢が外せるまでになった。10月11日、宿の者4人に特製の寝台を担がれ、馬車と電車を乗り継いで、三島から東京へと帰った。

 生きて仰ぐ
   空の高さよ赤蜻蛉

 大患の後の漱石の句である。生死の境をさまよう体験は漱石の死生観に大きな変化を与え、その後の創作に深い影響を及ぼした。後期の三部作、とりわけ『こころ』にはそれが十分にうかがえるだろう。

 だが、漱石の胃弱との闘いは終わることがない。この6年後、胃潰瘍をこじらせて世を去ることになるのだが、苦闘の末に世に送り出された作品は、今なお、日本人に深く愛され続けている。

漱石の『彼岸過迄』の前書きには、大患の療養から執筆を再開するまでのことが綴られている
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Wedge 2026年10月号より
大膨張する日本の借金 「国民総ゆでガエル」から脱却を
大膨張する日本の借金 「国民総ゆでガエル」から脱却を

日本の借金が大膨張を続けている。債務残高対GDP比は200%を超え、世界最悪の水準にある。こうした中で、「消費減税」が打ち出されたが、この選択の先に待ち受けているものは何か。もちろん、本当に必要な支出もあり、「借金=すべて悪」とは言い切れない面もある。しかし、あまりにも身の丈を超えすぎていないか。将来世代に過大な負担をかけないためにも、適切な給付と負担は不可避であり、それこそ民主主義の基本だ。財政再建に向けて、打開策はゼロではない。現実を直視し、今こそ、新たな一歩を踏み出さなければならない。


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