2026年10月13日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2026年10月13日

 先ごろホワイトハウスで行なわれた米中首脳会談におけるトランプ大統領の「米中両国は『同盟国』として日本と戦った」との発言に対し、「米国と協力して日本と戦ったのは蔣介石が率いていた中華民国であり、決して中国(中華人民共和国)ではない」とする抗議・反発がみられる。習近平国家主席が率いる中国の建国は第2次世界大戦終結から4年後の1949年であり、当時の政治状況からしてもアメリカが中国を「同盟国」と呼ぶにはムリがある。たしかに史実としても誤りだ。

(UPI/アフロ)

 だが、この正論を突き崩すかの動きが米中両国間にみられるのも、また事実である。

滇緬抗戦博物館に展示されている便箋

 2012年春、中国雲南省西南部のミャンマー国境に沿った辺りを歩いた。この一帯では1944(昭和19)年春の数カ月、「陸のガダルカナル」と形容される激戦――「拉孟騰越の戦い」――が繰り広げられた。勝者は中国軍であり、日本軍は惨敗し潰走を余儀なくされたわけだが、注目すべきはこの中国軍の陣容である。

 騰越(現在は騰冲)の郊外の和順村に辺境の地には似つかわしくない立派な構えの滇緬抗戦博物館が設けられている。「滇」は雲南省を、「緬」はビルマ(ミャンマー)を指し、雲南省からビルマ一帯を戦場に日本軍と中国軍との間で戦われた戦争が、こう総称される。

 「滇緬抗戦博物館」の看板を記したのは、台湾で中国国民党の主席を2000年から05年まで務め、総統選挙への立候補経験を持つ連戦である。この看板を国共合作の一端と敢えて捉えておきたい。

 建物の外観や内装から判断して、建設からあまり時間が経っていないようだ。博物館の展示品は、滇緬方面の抗日戦争において米軍の協力を受けた中国人が“悪逆非道の日本軍”と主体的に、敢然と、雄々しく、犠牲を恐れずに戦ったというメッセージで貫かれている。

 館内を歩いていると、10人ほどの中国人が群がっていた。どうやら話題の中心は彼らが前にしているガラスケースに収められた「遠征軍軍旗」のようだ。

 会話の内容からして、誰もが共産党が遠征軍を派遣したものと思い込んでいる。だが、遠征軍は正式には雲南遠征軍と呼ばれ、実態は「蔣介石軍で、・・・米式重慶軍」(古山高麗雄『龍陵会戦』文春文庫、2005年)だった。つまり米軍によって再訓練が施され、米軍の最新兵器で装備された蔣介石軍なのだ。

 だからガラスケースの中の軍旗は中華民国の軍旗である。だが、そのことが参観者には判っていないから、中華民国軍旗も共産党が使っていたと思い込んでいたというわけだ。

 実は博物館に冠せられた「滇緬抗戦」においては、共産党の出る幕はなかった。だが共産党としては、それは断固として認めるわけにはいかない。そこで巧妙な仕掛けを施して参観者教育に努める。

 たとえば「美国前総統布什給保山市長熊清華先生的信」との説明文がある展示品。「美国前総統布什」、つまり前アメリカ大統領のブッシュが騰冲を管轄する保山市の熊清華市長に送った書簡である。


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