2026年10月13日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2026年10月13日

 だが、スティルウェル空軍准将の場合は違った。「遠征軍忠魂帰国」に合わせるかのように開催された「米国国家公文書館収蔵中印緬戦場影像展覧(中国・インド・ビルマ戦線での米軍記録写真展)」の開幕式典で挨拶に立った同准将は、制服に威儀を正し「米中両国によって戦場で結ばれた友誼は忘れられるべきではない」と発言している。会場が万雷の拍手で迎えたであろうことは、もはや想像するまでもないはずだ。

 共産党、国民党、米国、英国――2012年の秋、騰冲の国殤墓園で和やかに進められた一連の行事は、謝罪すれば万事が水に流せると思い込むことの愚かさを痛打する。

 中国駐在米国大使館付武官が偶然にもスティルウィル将軍の遠縁だった、などということがあろうはずがない。おそらくアメリカの政府当局と軍部は“ある種の目論見”に従ってD・スティルウェル空軍准将を北京のアメリカ大使館に駐在させたに違いない。共産党政権が「抗日戦争」の英雄の子孫を冷たくあしらうわけがないだろう。

 ところでJ・イースターブルークだが、じつは滇西抗戦博物館で貴重な展示品としてガラスケースに収められた来訪者芳名簿に、その名前があった。麗々しく展示された名簿の見開き左頁には参観感想の短い文章と共に彼の名前があり、右頁にはJ・スティルウィルの名前まで。

 両者が残した文章は共に中国語訳されていた。それにはこう書かれていた。

 「私は騰冲の人々が抗日戦争の歴史を記念するために行ってきた努力に対し、尊敬と崇敬の念を持ちます。我われにとって歴史は永遠に忘れるべきではなく、米中両国民人民の間における関係は最も重要なものであります」(J・イースターブルーク)。

 「博物館参観の機をえたことは望外の喜びである。当博物館は米中両国の将士が共同で戦った歴史を語ると共に、戦闘で犠牲になった兵士を記念している。我われは米中両軍の兵士の間の友誼をしっかりと記憶し、この友誼を未来永劫に持ち続けなければならない」(J・スティルウィル)

 前者にはJ・イースターブルークの漢字音表記で「約翰・依斯特布魯克(史迪威将軍外孫)」と、後者には「約瑟夫・史迪威(史迪威将軍孫子)」と記されていた。双方共に日付は「2009・4・28」だ。ブッシュ前大統領の書簡日付が満州事変勃発の9月18日と10日違いなら、こちらは昭和天皇誕生日と1日ずれているだけ。偶然というより何か意図的なものを感ずる。

 いずれにせよ、2009年4月末、蔣介石支援のためにルーズベルト政権から送り込まれたスティルウィル将軍に深く関わる雲南省西南端の要衝である騰冲を同将軍に血のつながる2人が連れ立って訪問し、VIP待遇で博物館を参観していたのである。

トランプ発言にも“論理的整合性”

 こうみてくると、日本人の目の届かないところで、あるいは日本人が気づかずかないうちに、中国はアメリカと共に戦って日本に勝利したという“物語”が米中両国の間で秘かに語り継がれていた。こういった動きの延長線上に今回のトランプ大統領発言を置いて考えるなら、ある種の“論理的整合性”が感じられる。

 もちろんそこに、昨年8月14日の「対日戦争勝利80周年」に当たってのトランプ大統領の公式メッセージ、そして9月3日に北京の天安門広場にプーチン大統領を招いて行なわれた「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年大会」における習近平主席演説を重ね合わせることができるはずだ。この事実に、日本人は無頓着にすぎるのではなかろうか。

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