「京都市は、2027年度中の導入を目指し、市民200円、市民以外360円とする市バス運賃案を示している」という。現在の均一運賃は230円だから、市民の負担は軽くなる。観光客による混雑から市民の足を守るという趣旨は理解できる。しかし、居住地だけで運賃を線引きする制度には、大きな懸念が残る。
私は京都生まれ、京都育ちで、定年後は東京と京都を半々に行き来するデュアルライフを楽しんでいる。京都に住民票を置いているわけではないが、京都で暮らし、買い物をし、医療機関に通い、地域の人々と関わっている。その立場から見ても、今回の案で最も気になるのは、京都に日常的に関わる人まで一括して「市民以外」と扱う制度設計の粗さである。
市民の足を奪った観光客の混雑
市バスの車内や乗降口を大きなキャリーバッグがふさぎ、高齢者や身体の不自由な人が乗車できない。通勤・通学の時間帯に観光客が集中し、日常利用者がバスに乗れない。こうした光景を私自身が見聞きしてきたことから、市民が「観光客には相応の負担を求めてほしい」と考えるのは理解できる。ただし、これらを市全体の実態として論じるには、混雑率、乗降時間、乗車できなかった事例などの公的な検証が必要だろう。
ここで私が区別すべきだと考えるのは、観光客と日常利用者である。京都府内から市内へ通勤・通学する人、京都の学校に通う学生、病院や商業施設を利用する人、東京と京都を行き来しながら継続的に暮らす人まで、短期滞在の観光客と同じ扱いにする必要があるのか。
市民が求めているのは、混雑を生む短期滞在の観光利用との明確な差別化であって、京都府民や国内の日本人まで一律に問題視することではないはずだ。これは私の意見であり、市民全体の意見として断定するには、世論調査などの根拠が必要である。
「市民以外」という線引きの危うさ
京都市が示した市民200円、市民以外360円という運賃案は、制度として分かりやすい。しかし、分かりやすさと公平性は別問題である。仮に住民票を基準にした場合、京都市内に住所がある人は200円、京都市内で毎日働いていても市外に住む人は360円となる可能性がある。京都市内の大学に通う学生、京都市内の企業に勤務する会社員、京都市内で長年暮らす二地域居住者も、住所が市外なら同じ区分になる。これは制度案から直ちに確定する事実ではなく、住民票を基準に運用した場合に生じ得る問題である。
これでは、京都市を日常的に利用する人々を支えている実態を無視することになるのではないか。市境は行政上の線にすぎず、人々の生活圏や通勤圏を分けるものではない。これは筆者の評価である。
しかも、京都市民の中にも、別の「線引き」がある。京都には、洛中と洛外という区分が語られてきた。お土居の位置や洛中の範囲については、時代や文脈によって説明が異なるため、単純な境界として扱うことには注意が必要である。
私は下鴨に住んでいる。下鴨神社のすぐ近くで、誰が見ても京都らしい場所だと思う。しかし、秀吉が築いたお土居との位置関係から、厳密に言えば洛中ではないと語られることがある。京都人にとっては、「洛外は洛外」なのである。
もちろん、これは運賃制度とは直接関係のない、いささか笑い話のような話である。だが、京都人にとっては、線の引き方一つで腹が立つことがある。地図の上ではほんのわずかな違いでも、「こちら側」と「あちら側」を分ける線には、長い歴史と感情がまとわりついている。ここは歴史的事実の断定というより、筆者の経験と見方である。
「下鴨神社の近くに住んでいても洛外なのか」と思う人もいるだろう。私自身も、そう言われれば少し釈然としない。しかし、そんな取るに足らないことまで気になるのが、京都人の了見の狭さと言えば仕方がない。京都人同士でさえ、線引き一つにこだわるのである。
だからこそ、行政が新たな線を引くときには、なおさら慎重でなければならない。住民票の有無だけで「市民」と「市民以外」を分ければ、そこに新しい不満や分断が生まれるおそれがある。これは制度への懸念であり、実際に分断が生じるかどうかは導入後の検証が必要である。
市は、頻繁に利用する人への軽減策も検討していると説明している。ならば、居住地だけで区別するのではなく、利用頻度や利用目的を基準にした制度にすべきだ。ただし、利用実態に応じた制度を導入するなら、誰を対象にするのか、どのように認定するのか、本人確認にどれだけの負担と費用がかかるのかを、あらかじめ明らかにしなければならない。線引きの根拠と実施方法を示さないまま「市民」と「市民以外」に分ければ、制度への不信を招く可能性がある。
必要なのは「住所」ではなく「利用実態」に応じた運賃
制度設計で重視すべきなのは、居住地や国籍ではなく、利用頻度、利用目的、混雑への影響である。これは筆者の提案であり、京都市が採用を決めた制度ではない。
例えば、通勤・通学、通院、買い物など日常目的で月に一定回数以上利用する人には、居住地を問わず定期券や回数券による割引を適用する。京都市内の学校や職場に通う人、京都で継続的に生活する二地域居住者も、利用実績を示せば同じ区分に含めればよい。
もっとも、「日常利用者」を自己申告だけで認定すれば、不正利用や審査のばらつきが生じる可能性がある。実務上は、まず対象を3つ程度に分けるのが現実的だろう。第1は、通勤・通学定期券を持つ人である。勤務先や学校が発行する証明を一度登録すれば、更新時に再確認できる。第2は、通院や介護、継続的な買い物など、定期券になじまない利用者である。医療機関や自治体の証明を求める方法もあるが、個人情報の扱いと申請負担が重くなりやすい。第3は、二地域居住者や頻繁な生活利用者で、一定期間の利用回数や利用曜日など、交通系ICカードの利用履歴を基準にする方法である。
このうち、利用履歴による認定は、証明書を持ち歩かずに済む一方、利用目的までは判定できない。通勤利用と観光利用が同じカードに混在する場合もあるため、最初から厳密な目的認定を目指すのではなく、月間利用回数に応じた割引や月額上限を設ける方が、本人確認の負担を抑えやすい。例えば、一定回数を超えた利用について自動的に割引を適用すれば、利用者が窓口で「市民であること」を説明する必要はなくなる。これらは制度設計上の提案であり、現行制度や決定済みの導入内容ではない。
本人確認も、国籍や外見を基準にしてはならない。交通系ICカードやスマートフォンのアカウントに、本人確認済みの利用者区分を登録し、乗車時には通常のタッチだけで済む仕組みが望ましい。登録時には、マイナンバーカード、運転免許証、健康保険証などの公的証明、または学校・勤務先の証明を使えるようにする。ただし、交通事業者が必要以上の個人情報を保有しないよう、確認後は「割引資格あり」という情報だけを保存し、住所や勤務先の詳細は保存しない設計が必要である。実際に導入する場合は、個人情報保護法や関連するガイドラインへの適合を確認しなければならない。
費用面では、専用の認定窓口を新設し、すべての利用者を個別審査する方式は高コストになり、制度の持続可能性を損なうおそれがある。既存の定期券発行システムや交通系ICカードの登録機能を活用し、オンライン申請を基本にするべきだ。高齢者やデジタル機器を使えない人のためには、主要駅や営業所に限定した対面窓口を設ける。割引による減収、システム改修費、本人確認事務費を試算し、観光客からの増収がそれを上回るのかも公開しなければならない。これらの費用や収支は、制度案の具体化に際して京都市が公表すべき事項であり、現時点で確定した数字ではない。
実施手順としては、第1に、通勤・通学定期券と月額上限制度を対象にした小規模な実証実験を行う。第2に、利用回数、混雑率、乗降時間、申請件数、不正利用、事務費を検証する。第3に、対象路線や時間帯を広げ、制度の効果と費用を公表する。第4に、効果が確認できた制度だけを本格導入し、効果が乏しい制度は廃止または修正する。この順序なら、複雑な認定制度をいきなり全市に導入するリスクを抑えられる。これは筆者の提案である。
一方、観光施設を短期間で巡る旅行者には、1日券や観光ルートを中心とした時間帯別の運賃を設定する。混雑する午前中や主要観光地周辺では割増料金を求め、比較的空いている時間帯への利用を促す方法も考えられる。ただし、乗車時に観光目的を確認するのは現実的でないため、観光地を結ぶ路線や時間帯、予約制シャトルなど、運用しやすい単位から始めるべきだ。
大型のキャリーバッグを持つ利用者には、混雑時間帯に限って荷物料金を加算する案もある。荷物を持つこと自体を問題視するのではなく、車内の混雑や乗降の妨げになる時間帯に、追加負担を求めるという考え方だ。ただし、乗務員が荷物の大きさをその場で判定する方式は、トラブルと処理時間を増やす可能性がある。駅や観光拠点での事前購入、専用シャトルへの誘導、荷物配送サービスとの連携など、現場の判断を減らす仕組みが必要である。
さらに、混雑状況をリアルタイムで把握し、特定の路線や時間帯だけ運賃を変える仕組みも、実証実験から始められるだろう。頻繁に利用する人にはポイント還元や月額上限を設け、一定額を超えた後は追加負担を抑える制度にすれば、日常利用者の安心感も確保できる。これらも、混雑データと費用対効果を確認したうえで検討すべき提案である。
