外国人が日本を訪れる際のビザ、すなわち査証の発給手数料が2026年7月から大幅に引き上げられた。外務省等の公表資料によれば、標準的な一次査証の発給手数料は約3000円から約1万5000円へ、数次査証は約6000円から約3万円へ変更された。渡航目的や国籍、相互主義、在外公館での現地通貨換算などによって例外はあるが、標準手数料で見れば約5倍の引き上げである。
「円安で割安感が高まった日本観光の競争力を損なうのではないか」「インバウンドの勢いに水を差すのではないか」という懸念が出るのは自然である。ビザ取得が必要な旅行者にとって、旅行前の負担が増えるからだ。
しかし、この議論には二つの前提がある。観光客は多ければ多いほどよい、そして旅行者にとって安ければ安いほど競争力が高い、という前提である。
本当にそうだろうか。確かに手数料の上昇は、それだけでは単なる負担増だが、筆者は、だからこそ今回の改定は、日本観光が「安さ」に依存した競争力から脱却できるのかを問い直す契機として捉えるべきであると考える。
問うべきなのは、「1万5000円になっても外国人は日本に来るのか」だけではない。「安いから行く日本」から「多少高くても行きたい日本」へ転換できるのか。そして、観光客数だけでなく、一人ひとりの旅行者が地域に残す価値を高められるのかである。
ビザ手数料1万5000円は訪日需要を抑制するのか
観光庁「訪日外国人消費動向調査」によれば、25年7〜9月期の訪日外国人一人当たり旅行支出は21.9万円だった。この数値を基準にすると、新しい一次査証手数料1万5000円は約6.8%、従来からの追加負担1万2000円だけでも約5.5%に相当する。ただし、この21.9万円は主として日本国内での宿泊、飲食、交通、買い物、娯楽などの旅行消費であり、航空券代などを含む総旅行費用ではない。
また、国籍、旅行目的、滞在日数によっても負担感は異なる。したがって、1万5000円は旅行を断念させるほどの金額とは必ずしも言えないが、無視できるほど小さくもない。
海外研究も、ビザ取得費用が観光需要に影響し得ることを示している。RossellóとSantana-Gallegoは、194の出発国から163の目的地への16〜21年の観光フローを分析し、ビザ要件だけでなく、ビザ取得費用も国際観光需要に負の影響を与えることを確認した。ただし、推定される価格弾力性は大きくない。つまり、ビザ手数料は旅行者にとって一つのコストとして作用するが、手数料の上昇率と同じ割合で旅行者が減るわけではない。
日本の場合、影響は訪日客全体に一律に及ぶわけではない。韓国、台湾、香港、米国、欧州主要国、オーストラリアなど、短期滞在でビザ免除措置の対象となる旅行者には直接影響しない。一方、中国本土、フィリピン、ベトナム、インドなど、今後の成長が期待される市場の一部には影響が及ぶ可能性がある。
特に、4人家族であれば査証代は従来の合計1万2000円から6万円に増える。代理申請手数料も加われば、「日本は高く、手続きも面倒になった」という心理的コストも生じる。したがって、日本全体のインバウンド需要が一律に大きく落ち込むと見る必要はないが、価格感応度の高い市場、家族・団体旅行、若年層への影響は軽視できない。
