東南アジア諸国連合(ASEAN)もまた、対応に苦慮している。国境を接するタイは融和的だが、シンガポールやフィリピンなどは厳しく向き合っており、加盟国の対応は一様ではない。それでもASEANは、クーデター後、ミン・アウン・フライン司令官の首脳会議参加を認めない方針を取り続けてきた。今年の議長国であるフィリピンのマルコス大統領は、会見でスー・チー氏の釈放や政治活動の権利を認めるべきだとまで発言している。人権・民主化をめぐる国際社会の懸念を直接ミャンマーに伝えてきたASEANの存在は、今後も非常に大切である。
日本は立場を明確にし
将来にわたる人道支援を
クーデターの目的が、スー・チー氏を政治から排除し、国権を掌握することであれば、国軍がスー・チー氏や民主化勢力に少しでも融和的な対応を取ることは、到底期待できない。そして、政権が選挙で正当性を得たと主張していることが、政治的出口をより一層遠のかせている。米国が無関心を続けるなかで、中国とロシアから軍事・経済の両面で強い支援を受けるようになったミャンマーに、日本はどう向き合うべきか。
いま国際社会にできることは、ミャンマーの内発的な変化を待ち、その好機に直ちに関与できるよう備えることである。そのためには、ミャンマーの人々から引き続き信頼を得続けることが最も重要だ。日本政府はクーデター後、暴力の停止、スー・チー氏をはじめとするすべての拘束者の釈放、そして民主化への復帰を求めてきた。この立場を今後一層明確に主張し、そのうえで、身内の問題として苦悩するASEANと懸念や課題を共有し、協働の努力を積み重ねていくべきである。
中国やロシアの影響力拡大、とりわけインド洋に面した深海港の存在、そして東南アジアの安定──これらの問題に米国が再び積極的な関与を示した時、日本とASEANの協働関係は、重要なプラットフォームを提供するものになるはずだ。
また、日本は長年にわたって、ミャンマーの民主化や発展のために関係を深めてきた。現在日本には20万人以上のミャンマー人が就労や就学のために滞在している。24年2月の徴兵制開始後には、ミャンマーにある日本大使館に連日600人以上が査証の申請で列をつくっていた。このようにクーデター後、多くの若者が日本を目指したことは、ミャンマーの人々が日本に温かい気持ちを抱いていることを示している。それこそが、将来の日本とミャンマーのつながりの大きな礎となる、大切なものである。苦難にあえぐ人々に寄り添う立場で外交を考え、進めていく意義は、まさにここにある。
今、彼らにとって祖国は、自由に帰れる国ではない。それでも、少ない収入のなかから国に残る両親──空爆から逃げ続ける日々を送る人もいる──へ送金を続ける者もいる。その彼らを日本が受け入れる努力を続けていく意味は、とても大きい。
今後はさらに、本人の経済的・精神的負担が最小になる仕組みづくりを進めるとともに、日本側も高度人材を見極めて育成するなどし、両国の成長につながる実質的な関係を構築すべきだ。いずれ祖国が戻れる国になった時、彼らはその発展に必要とされる人材となり、日本の外交にとっても貴重な存在となる。一人でも多くの日本人が、引き続きミャンマーについて関心を持ち続けてくださることを、切に願っている。
