これまでも他の研究者により、チェルノブイリ周辺の区域では、以前はみられなかったオジロワシが観測されるなど、「生物多様性の聖域と化している」という報告がなされていた。今回の論文では「個々の動物には潜在的な放射能の影響があるにもかかわらず、チェルノブイリ立ち入り禁止区域が、豊富な哺乳類群集を作り出すことをサポートしているのが初めて示された」と指摘した。
絶滅の恐れのあるヨーロッパバイソンも調査で発見
増大したオオカミ
調査結果によると、立ち入り禁止区域内では、オオカミやシカ、イノシシ、エルカ、オオヤマネコなどの生息数が増大し、周辺の非汚染地域と同等のレベルまで回復していた。地域一帯は肉食、草食動物が生息する〝王国〟となり、原発事故前には、周辺のウクライナ・ベラルーシ国境地域の森林地帯ではみられなかったヨーロッパオオヤマネコ、ヨーロッパヒグマなども生息されていることが確認された。さらに、モウコノウマや絶滅の恐れのあるヨーロッパバイソンも調査で発見された。
人の手が加えられなくなったことで、チェルノブイリ一帯は植物が覆い茂るようになった。研究者は「10年ほど前までは、木々がはびこっている街という感じだったが、今ではいくつかの建物を飲みこむ1つの森というようになっている」と話す。
顕著な増大数が確認されたのはオオカミだった。オオカミは周辺地域よりも7倍の生息数に膨れあがっていた。研究者は「狩猟者がいないことが最大の原因だ」と分析している。オオカミの生息数は生態系の健全性を示す1つのキーになるという。捕食動物が多ければ、その分、自明の理として、えさとなる被食動物が十分であることがわかるからだ。
調査を行った英ポーツマス大学のジム・スミス教授(環境科学)は英メディアに対して、「この調査結果は、狩猟や農業、林業といった人間の生活行動による野生動物への影響が、史上最悪の原発事故よりも大きいということを意味する」と話す。つまりは、「人類の人口圧力が環境をいかに破壊しているかということがわかるのだ」という。
これまでの仮説では、放射能による汚染が長期的、慢性的な効果をもたらし、野生動物の生息数に影響を及ぼすとされてきただけに、この調査結果が今後の研究に与えるインパクトは大きいとも言える。
しかし、この報告書には科学的見地からさらなる調査が必要との声が専門家からあがっている。パリ第11大学のアンダース・パペ・モラー氏はチェルノブイリ周辺での野生動物の増加割合が、欧州全体の状況と比べてどうなのだろうか、という疑問をなげかける。
モラー氏は1991年より、チェルノブイリ周辺での個体群調査をふまえ、放射能汚染が鳥類や昆虫にどのような影響をもたらすかを研究してきた。生き物の違いによる相違を想定する理由はない、と指摘している。
モラー氏は英紙ガーディアンに対してこう語った。
「大きな哺乳類の生態数は、ここ10年の間に欧州全域で増加している。故にチェルノブイリでも相違はない。興味深い疑問として、チェルノブイリでの(動物の)増加数が、ドイツやフランス、スカンディナビア半島での増加数よりも多いかどうかということがあげられる」