2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年11月11日

 つまり「どこからも異論の出ない」抜擢である習にも、政権始動時には同じ不安定さがつきまとうはずだ。

一連の報道で浮かび上がる不自然さ

 だが、それは香港紙などで盛んに書かれるような習VS李克強(副総理)の構図ではない。

 今秋、四中全会で習の党中央軍事委員会(以下=軍委)副主席への抜擢人事が議題として見送られたことが日本のメディアでも報じられ、習の権力継承に黄色信号が灯ったとの観測も流れた。同時に李克強とのライバル関係からポスト胡に李が浮上するとの憶測も出されたが、こうした報道には疑問を感じざるを得ない。というのも中国のリーダーの養成において総書記候補と総理候補はナンバーワンとツーの関係ではないからだ。そしてその最大の理由が統帥権の有無にあるのだ。

 現在の中国では、統帥権は国家主席や党総書記が手にしているのではなく、唯一軍委の主席が有している。だからもし胡錦濤不在の中国で問題が起き、軍の出動が必要な場合も温家宝が胡の代役を果たすというわけにはいかないのだ。制服を除けば軍の指揮命令系統に党の幹部は不在で、不測の事態に胡がいなければシビリアンコントロールが崩れてしまうのが中国の現実だ。

 これは軍と接触できる党幹部を制限し権力闘争の芽を摘む共産党特有の危機管理だが、これはトップの権力基盤の安定と引き換えに代用の利かない脆さの内包を避けられない。

 換言すれば党幹部として軍委に入ることの重大さを意味しているのだが、例えばもし今回、習が軍委副主席に選ばれていたら、彼は胡不在の有事には温家宝総理を差し置いて全軍に命令を出す立場になっていたということなのだ。李克強を習のライバルとして書くことの不自然さが分かるだろう。

 ではなぜ、習の軍委副主席への人事は見送られたのだろうか。

 今回、習は党総書記就任前に軍委副主席として軍務を経験する胡錦濤パターンを踏襲しなかった。これはかつての鄧小平や江沢民がしたように胡が総書記を退いた後も軍委のポストに残る可能性が高まったと考えられる。党中央の指導部には70歳という年齢制限が設けられているが、唯一、軍委主席のポストは対象外だ。鄧小平の86歳、江沢民の80歳という実績と比較しても12年に行われる18回党大会時にまだ70歳の胡錦濤が軍委主席のポストに留まることに違和感はないはずだからだ。

自らの抜擢人事を取り下げた習近平の狙い

 こう書けば気の早い人はすぐ胡VS習の確執につなげようとするかもしれないが、実際、軍における権力継承のプロセスは、胡が過渡期を担う方が安定するという考え方が党のなかには少なくない。前述のように党幹部と軍の接近には制限があり、現在の党と軍は胡錦濤という一本の糸でつながっているに過ぎない。その糸をすべて新しい糸に結び直すことに比べ、軍のトップとして実績のある胡が現役のまま習の助走期間を支える方が関係が安定することは自明だからだ。しかも現在の党と軍の間には微妙な不協和音が存在する。


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