2024年11月22日(金)

「ひととき」特別企画

2016年5月3日

珠玉の作品が生まれた和洋の邸宅

 葉山での蓬春は、最初、母屋の二階をアトリエに当てていたが、昭和28年に建築家吉田五十八(いそや)に依頼して一階に新画室を作ってもらい、制作環境がより充実したものとなった。

一色海岸を一望できる、本館2階の座敷(旧画室)。蓬春モダニズムとよばれる数々の名作がここで制作された。一閑張(いっかんばり)の座卓に猫間障子が映り込む。
画室内に設えられた隠し戸棚には、丁寧に類別された天然岩絵具の数々が保管されている。

 蓬春が引っ越してきたころの葉山は、まず御用邸があり、さらに、別荘や保養所が建ち並ぶ閑静な街であった。自宅の目の前には相模湾が広がり、背後には緑豊かな山が迫り、まことに風光明媚なところであった。浜辺を散策し、葉山漁港に揚がる新鮮な魚介類を入手しては、アトリエでひたすらスケッチをし、画想を練る日々が続いた。「夏の印象」や「浜」、「佐与利」などはその成果といえる。さらに「夏の印象」以後の主要な仕事としては、新日展に昭和36年から昭和40年までに出品された「春」「夏」「秋」「冬(枯山水)」の四部作や昭和43年に完成した皇居新宮殿杉戸絵「楓」といった大作を思い浮かべることができる。

そうしたなかで途切れることなく描き続けられていったのが、古今東西の陶磁器に盛りつけられた果物や壺に活けられた花をモチーフにした静物画である。それらの陶磁器は、自身の蒐集品であり、そのほかに友人の画家や古美術商から借りてきたものもあった。それらを前田青邨(せいそん)や安田靫彦(ゆきひこ)、中村岳陵(がくりょう)といった画家たちに公開することがきっかけとなり、多くの文化人と交流を深め芸術サロンを形成していった。大作を発表し続けた一方で描かれた、葉山の陽だまりの心地よさに包まれたような雰囲気を漂わすこれらの静物画は、蓬春が戦後の平和な時代を日本画で体現してみせたものである。

「佐与利(さより)」昭和26年
葉山で目にする新鮮な魚介類は、作品の格好の題材となった。
(写真提供・山口蓬春記念館)

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