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2016年9月25日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

「相模原事件」で早とちり

 AIといえども万能ではなく、ミスをすることもある。この現象が直近で起きたのが、7月26日から27日にかけての為替市場だった。まず26日の英国BBCラジオ放送で、黒田東彦日銀総裁が「ヘリコプターマネーは必要ないし、可能性もない」と語ったと伝えられたことから、円はこの瞬間に1円も急騰した。この時点で金融緩和を期待して、ドル買い円売りのポジションを持っていた市場参加者は、この発言で一斉に円買いに走ったと想像できる。

 黒田総裁がヘリコプターマネーは法律上日本ではできないため否定する発言をしたが、AIの中には「ヘリマネ」を「金融緩和」と紐づけていたため、法的根拠よりもこの関連が優先された形となり、市場は「金融緩和」が否定されたと思い込んで円高に振れた。日銀が立場上、ヘリマネは実施できないことは無視された結果となった。

 その数時間後、神奈川県相模原市の障害者施設で殺傷事件が起きた。第一報の段階で「日本でテロ19人死亡」と速報が流れ、世界を駆け巡った。

 国際金融市場では、戦争、大規模紛争、大企業の倒産など資産価値が大きく下がるようなことが起きた場合、リスクオフ(リスクを回避)に動くのが常道だ。つまりリスクのある資産・通貨を売り、安全な資産・通貨を買うように動く。いまの金融市場で安全な通貨の一番手は日本円で、次が米国ドル、スイスフランの順。今回の事件の場合、テロ発生→市場が混乱する→リスクオフの連想が働いた。本来はテロが発生した国からは資産撤退となり、日本で大きなテロが発生したら円は売られると考えられるが、コンピュータはヘッドライン(ニュースの一報)の単語(テロ)に真っ先に反応し、瞬間的に円買いプログラムが作動、26日の日本時間の午後4時頃には1ドル=104円台まで買い進まれて、2週間ぶりの円高水準となった。

 いまの為替取引は1秒間に数千回取引される超高速取引が行われている。このため、現場の為替トレーダーは大きな変動が起きると、その動きにある程度追随せざるを得ない傾向がある。結果として、間違っていてもその方向性が一時的に増幅される。今回は「日本でテロが起きた」と理解する以前に、「テロ」イコール「円高」の解釈が先行して、この流れに引きずられる形で相場が動いてしまった。AIは「日本で起きた」という事実を見逃してはいないが、過去の事例を優先して瞬間的に「テロ」イコール「円高」と判断してしまったようで、AIの判断にも限界があることを示している。

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