台湾問題専門家のスティーブン・ゴールドスタイン(米スミス大学名誉教授、ハーバード大学フェアバンクセンター台湾研究プログラム座長)が、12月12日付ワシントン・ポスト紙において、「一つの中国」を取引材料にしようとのトランプの考えを、米中関係を不安定化させ、戦争のリスクすらもたらすものである、と批判しています。要旨、次の通り。
トランプは、米国の「一つの中国政策」は米国が中国から引き出したい他の事柄(通商、人民元安、南シナ海、北朝鮮など)と交換する取引材料である、と言ったが、トランプは正しくない。
中国にとり「一つの中国」は原則であり、中国の指導者は、台湾を取り戻すことを、中華国家の回復、共産党の最終的勝利、19世紀以来の外国勢力による搾取の終了を達成するための使命のようなものと見ている。
中国は「一つの中国」の原則を「世界に中国は一つしか存在しない。大陸と台湾はともに一つの中国に属する。中国の主権と領域は不可分」と定式化している。中国の法律は、台湾が独立を目指したり統一を妨害したりすることに対し、武力を用いることができるとしている。過去20年間の中国の軍拡は、台湾の分離を抑止し、必要とあらば武力で台湾を併合したいという強い願望が原動力となっている。
米国の「一つの中国」政策は、全く異なっている。1950年代、米国は敗北した在台湾国民党政府を中国の唯一の合法的政府と認め、次いで、二つの中国を認めてはどうかと提案したが共産党政府に激しく拒否された。1979年の米中国交正常化に際しては、台湾の中華民国との外交関係を断ち、共産党政府を中国の唯一の合法政府と認め、台湾から米軍を引き揚げ、台湾との相互防衛条約を終了させた。米国の台湾に関する立場は定義されないまま残された。
台湾の政治的実体を国際社会において国家と看做さないという点では、米中は一致している。しかし、米国は、台湾が中国の一部であるとの中国の主張は受け入れていない。米国の公式の立場は、台湾の地位は「定義されない」というものである。米国は1979年以来、地位未定の島にある、存在を認めないはずの政府との関係を続けていることになる。
この複雑な外交的ダンスは、現実世界に重要な結果をもたらしている。すなわち、米国の台湾政策は、内政干渉であるとの中国による批判を受けずに、台湾、中国、アジア全体に対する米国の国益により導かれてきた。1979年以来、米国の「一つの中国」政策の下、広範で多様な関係を、国家として承認していないはずの台湾との間で築いてきた。
米国は「一つの中国」政策に反する米台関係を維持するのみならず、自らを紛争の解決の条件を設定する者と位置付けている。これは中国の立場に抵触するが、明確な敵対関係に至らなかったのは、全当事者が極めて脆い平和を維持すべく抑制的に振る舞ってきたからである。
トランプの提案は、米国の「一つの中国政策」と中国の「一つの中国の原則」の微妙だが極めて重要な違いを閑却し、米国の地域における中心的原則である現状維持を危うくする。トランプは、蔡英文を「台湾総統」と呼び、台湾の地位を交渉の材料にすることで、この危険な戦略の賭けを倍にしようとしている。中国の核心的利益は米国の政策と衝突しており、全当事者が現状に満足していないので、安定的な関係は脆弱である。トランプ政権が不注意に些事にこだわるならば、米中関係全体を不安定化させ、戦争のリスクさえ冒すことになろう。
出典:Steven Goldstein,‘Trump risks war by turning the One China question into a bargaining chip’(Washington Post, December 12, 2016)
https://www.washingtonpost.com/news/monkey-cage/wp/2016/12/12/trump-is-risking-war-by-turning-the-one-china-question-into-a-bargaining-chip/