トランプの発言や行動がどこまで実態を把握したうえでのものなのか、憶測の域を出ないものが多いですが、依然として取引のための一つの材料に使っているのではないかとの見方も強くあります。
中国政府はこれまでのトランプの中国に関係する部分が好ましいものではないとして、トランプに対し不快感や警戒心を強めつつあります。これまでのトランプの言動のなかで、中国にとって容認しがたいのは、トランプ・蔡英文が電話連絡をとったこと、トランプがツイッターのなかで、南シナ海における中国の巨大な軍事施設の設置や行動に言及したこと、さらには「一つの中国」をめぐる中国の対応を批判したことなどでしょう。
特に、中国として衝撃を受けたのは、自らが核心的利益の最右翼に位置付けてきた台湾問題(「一つの中国」を巡る問題)について、トランプが「中国の主張に縛られたくない」との趣旨の発言を行ったことです。
本件論評は、トランプの「一つの中国」への言及が米中関係を不安定化させ、戦争へのリスクを伴うものと非難しています。これは、いわば中国の立場に立ったトランプ批判であり、バランスを欠いたものと言わねばなりません。
米国はこれまで「台湾は中国の不可分の一部」という中国の主張については、これを「承認」したり、「合意」したりすることを避けてきました。そして中国の主張を’acknowledge’すると述べてきました。この用語は中国の主張を「承っておく」、「聞いておく」、というニュアンスに近いのです。
もし、米国が1979年の中華民国(台湾)との断交時、あるいは1972年のニクソン訪中時に「台湾は中国の不可分の一部」という中国の主張について承認したり、合意したりしていたのなら、’acknowledge’という言葉を使用しなかったはずです。ちなみに、この用語は1972年の日中国交正常化の際のコミュニケにおいて、日本側が中国の主張を「理解し尊重する…」と述べた文言の意味に近いものです。これらの用語は、いずれも中ソ対立下の冷戦期において考案されました。
オバマ政権下においては、米国は中国の台湾についての主張にあえてことさら異議を申し立て、米国の立場が単なる’acknowledge’ にすぎないことを主張して、中国を刺激・挑発するようなことを避けてきました。
タブーに挑戦
今回、トランプがこの「タブー」ともいうべき「一つの中国の原則」にあえて挑戦したことにより、中国が衝撃を受けたのは当然でしょう。
本件論評は「トランプ政権が不注意に些事にこだわるならば、米中関係全体を不安定化させ、戦争のリスクさえもたらすだろう」と述べます。これは、今日の中国の主張を代弁するものと見られてもやむを得ないでしょう。
中国を刺激したり、怒りを買わないため、沈黙を守っていれば、オバマ政権下で見られたように、中国はそれにつけこんで南シナ海のさらなる軍事拠点化を進め、東シナ海への拡張を続け、台湾の国際的孤立化をさらに強化するに相違ありません。トランプが意表をついて「一つの中国の原則」を批判したことにより、東アジアにおける台湾問題の存在とその重要性が一挙に浮上したというのが実態であると思われます。
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