多くが牧畜等で生計を立てていた人々であったため、家畜を失ったために生活の糧を得るすべさえ失い、今後の見通しは立ってない。折しも今は冬虫夏草の収穫期にあたるため、その収穫作業に出かけて命をつなぐ者も少なくないという。
余談だが、冬虫夏草というと日本人は、「漢方素材=中国産」と思い込んでいるが、実は、玉樹周辺を中心とした東北チベットの特産品である。このほかにも高値で取引される漢方素材の数々、日本女性に人気のサプリメント、ロイヤルゼリーもチベット高原が主産地である。日本では長らく「辺鄙な辺境の地」の代名詞のように思われてきたチベットは、実は珍しい動植物の宝庫たる、恵み豊かな地なのである。
とはいっても、こうした特産品の利権はほとんど漢人や地方政府に握られている。チベット人は収穫のための日雇い労働者となるしかないのが実情だ。
被災者の住宅さえこの有様なのだから、復旧が遅々として進んでいないことは想像に難くない。しかし、震災からわずか1週間後には、地元青海省政府が「近い将来、被災地を、『エコ高原リゾート』として生まれ変わらせる計画をもって復興にあたる」との宣言をしたと報じられていたのだ。
瓦礫の下にはまだ生存者がいる可能性もある時期に、この手の宣言をする不謹慎、無神経さに憤りを感じると同時に、ある不安が頭をよぎった。同じ不安は内外の多くのチベット人も抱いていたようだ。
「当局は、復興という名目で条件の良い土地からチベット人を追い出し、その土地利権をすべて中国人に分配し、さらに中国人の労働者を呼び寄せて大規模な開発を行なうのではないか、と現地のチベット人は心配している」
というのが、ダワ・ツェリン氏の弁である。
玉樹をなぜ中国は隠すのか?
2008年の四川地震の際には、被災地に近い地域の施設で核物質が紛失されたことが報じられた。この事態を重く見たために、震災後、間を置かずに温家宝首相が現地入りしたとも推察されていた。青海地震の直後にも温家宝首相は異例の速さで現地入りし、胡錦濤国家主席までもが外国訪問からの帰国の足で現地入りした。
トップ2人のこの行動からすると、玉樹にも核関連施設等に絡む問題があるのか?
「ケグドゥ周辺に軍関連と思しき施設がいくつもあるのですが、何のための施設かは全く不明で地元民に一切知らされてはいません」
ダワ・ツェリン氏は、核関連施設の存在を断定しなかったが、正体不明の施設があることは住民にとってはかえって不気味なことである。他方、中国にとっての玉樹の重要性を物語る別の要素について、次のように語る。
「ケグドゥの周辺には金と鉄の採掘場があります。この周辺の資源の状況を外国に見せたくないのだと考えられます」
珍しい動植物の宝庫であるチベットは、鉱物資源の宝庫でもある。石油、鉄はもちろんのこと、レアメタル、レアアースといった21世紀の戦略物資も豊富な埋蔵量があるといわれている。