大阪・堺市にある社会福祉法人・稲穂会の高橋義之理事長(47歳)が、介護報酬の引き下げの流れにより経営環境が厳しくなる中で、地域とのつながりを重視しながら、保育園から高齢者までを受け入れ、障がい者を施設のスタッフとして働いてもらうなど将来を見据えた新しい取り組みを実践、高齢者施設の職場を変えようと努力している。
保育から高齢者介護まで
稲穂会が運営するのは特別養護老人ホーム、ユニット型特別養護老人ホームの「やすらぎの園」と保育園等で、高齢者を受け入れるベッド数は100ある。
1975年に高橋理事長の祖父が「つくし保育園」を開園、これを継いだ父親が病気になったことから、高橋理事長が93年ころから特養老人ホームも始めた社会福祉法人の経営に参画するようになった。その後、理事長代理を経て2014年に理事長に就任した。堺市で育った高橋理事長のモットーは「稲穂会の施設を、社会を築き上げてきたお年寄りと、これからを担う子供たちとの、世代を超えた人間的な触れ合いの核にしたい」ことで、保育園から高齢者までを社会福祉の視点から手助けしていきたいという信念がある。
全国に社会福祉法人は約2万ある。社会福祉業界では、保育園と高齢者施設を同時に経営することはあまりないが、稲穂会では近隣で両施設を運営している。「保育園の子供たちは高齢者を見ると最初の5~10分は馴染めないが、すぐに仲良しになる。約500m離れた隣町にある保育園の園児たちに高齢者がいる施設に誕生会などで来てもらったり、高齢者が園児の運動会を見に行ったりすることで、世代を超えた交流をするよう心掛けている。園児たちには高齢者と接することで、新しい経験を伝えられる。高齢者も子供と会うと、これまで施設のスタッフにも見せたことのないような笑顔を見せてくれる」と世代間交流の意義を訴える。
イメージを変える
社会福祉法人の社会的なイメージについて「世間の評価は低い。労働環境・作業内容が『 きつい』『汚い』『危険』ことを示す『3K職場』とみられがちだ。しかしケアの仕事をしている介護士のうち6割は介護資格を持っている。社会福祉の現場はイメージが先行しているため、正しい情報が伝わっていない。施設の仕事はラクではないが、人の一生の最期に立ち会えることは貴重なことではないだろうか」と、高齢者を介護する仕事ならではのやりがいを強調する。その一方で「病院は入院患者が退院すれば病院の目的は達成されるが、老人ホームではケアする側にとって明確な目標が見出しにくいのが難しい点だ。このため世間からは高齢者施設を評価しにくい」と指摘する。
高橋理事長はこの数年、施設の中間管理職スタッフが組織の中に埋没してしまい、チームとしての機能が低下していることに悩んでいた。これを打開しようと医療・介護施設のコンサルティングが専門のBigtreeの吉田大祐代表(33歳)に入ってもらい診断を受けた。吉田代表は「社会福祉法人は公的なもので、利益を出してはいけないという心理が働きやすいため、積極的な組織運営が難しい面がある。固定費を抑えるため低賃金で従業員を雇用することに躍起になっている施設が多く、結果的に『3K』の職場環境になってしまいがちだ。また、高齢者施設はどうしても『姨捨山』的なイメージが残ってしまう。スタッフは仕事をしながら自分の仕事の意義について複雑な感情を抱くことがある。これを、わくわくするような仕事をしているように変えたい」として、スタッフに対してどうしたら自覚をもって介護の仕事ができるようになるか、試行錯誤している段階だという。
ネガティブなイメージを変えるため高橋理事長は多くのチャレンジをしようとしている。その一つが待遇面の改善で10年ほど前から業績給としてのボーナスを導入した。同時に年に2回実施する人事考課制度も取り入れた。スタッフにはあらかじめ目標を書いてもらい、それに対する達成度合いが評価の基準になるという。考課が高いとボーナスに反映される仕組みで、社会福祉法人の施設で人事考課制度を導入しているのが少ないという。「うちのスタッフの待遇は地元の中小企業の年収より低くない水準だ。良い仕事をしてくれたスタッフにインセンティブを与えるのは当然だと思う。将来に向かって何が足りないのかを理解してもらうために人事考課を行っている」と前向きにとらえている。
吉田代表は稲穂会の斬新なところは「従業員に対して本気の成長を願い、それを証明するように従業員の外部研修などを積極的に行い、人材育成にチャレンジしていることだ」と指摘する。
その一方で理事長は「スタッフは10年以上勤務したベテランが多いので継続性を大事にしている。スタッフと入所している高齢者との関係は、家族にはなれないが家族の次で、他人よりは近い関係を意識してほしい」と、家族的なつながりを重要視している。