2024年7月15日(月)

Wedge REPORT

2010年8月23日

 核廃絶を希求する日本では、この「不都合な真実」が理解されずにNPTが「核廃絶するための条約」と理解され、憲法9条と同じく崇高で神聖なものだととらえられている面があるが、これは誤解である。

 次に、なぜインドがNPTに加盟せず、固有の核抑止力を持つに至ったのかを説明しておきたい。インドは第二次大戦直後から原子力開発に着手したが、国父ガンジーの平和主義を継いだ初代首相のネールは軍事利用を厳禁し、平和利用に徹していた。国連で、最も早くから核廃絶を唱えたのもインドで、ついでに言えば、インドの議会は比較的最近まで、毎年、広島原爆投下日に黙とうを捧げてきた。そのインドがなぜ核武装を決断したのか。それは、ネール死去(64年)のわずか4カ月後に中国が核実験に成功したことへの対抗からだ。インドは中国との2度の国境紛争(59年、62年)で惨敗を喫していた。カシミール紛争で対立する隣国パキスタンが中国の援助で核武装したことも影響しているが、地政学上、中国の核に対抗するのが当時も今もインドが核武装した最大の狙いであることは明らかだ。

 その中国がNPTで核兵器国として公認され、核兵器の量産に励んでいるのだから、インドがこの条約には到底加盟できないと判断したのは当然だろう。

 そして、74年の核実験の結果、制裁措置として世界の原子力市場からシャットアウトされた。今日、原子力輸出管理の最大の拠りどころとなっている「NSG(原子力供給国グループ)」の規制措置は、インドの核実験をきっかけとして制定されたものだ。その後インドは98年に2回目の核実験を行い、さらに厳しい制裁を受けることとなった。対印ODA(政府開発援助)の停止など最も厳しい制裁措置を科したのは他ならぬ日本だったのだ。

 こうしてみると、NPTにインドが加盟しないのは国家安全保障上のやむをえない理由によるものであることがわかるだろう。「核の闇市場」の前科のあるパキスタンや、度重なる国連安保理決議を無視して核開発を続ける北朝鮮やイランとは比較にならない。むしろインドは、もともと好戦的な国でもアウトローでもなく、核不拡散面ではどの国にも劣らず誠実に対処している。このことは客観的事実として、米国政府だけでなく、IAEAや前記のNSGでもはっきり認められている。

各国が激しく競い合うインドへの原子力協定に出遅れる日本
(出所)経済産業省資料や各種報道資料からウェッジ作成
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 インドは近年、新興工業国の一つとして目覚ましい経済発展を遂げ、エネルギー・電力需要の急増に伴って原子力発電計画を拡大してきた。それに呼応するように、2005年に米国のブッシュ政権が対印原子力協力解禁に踏み切った。その3年後、NSGで、加盟国(日本を含む46カ国)の全会一致で米印原子力協定が承認され、米国議会でも批准されると、堰を切ったようにフランス、ロシアなども対印協定を結んだ。韓国も今夏協定交渉を始めた。かくして、拡大するインドの原発市場を狙って各国間の輸出競争は激化の一途を辿っているのが現状である。

 まさにそのような状況の下で、日本も対印原子力協力に踏み切るべきかどうかが問題になっているわけだ。

 手前味噌ながら筆者は、30余年前、外務省の初代原子力課長としてインド問題に関与して以来一貫して対印協力の重要性を唱えてきた。その根本的理由は、経済的メリットのためではなく、インドが明治時代以来、極めて親日的な国であり、戦後の困窮時代には日本人を激励し、日本の国際社会への復帰に尽力してくれた等々の歴史的事実(日中間のような負の遺産が全くない)、さらに将来的にも、日本の生命線であるインド洋のシーレーン(オイルタンカー・ルート)の防衛などでインドの支援を必要とすること、また、対中国外交上インドとの協力関係は不可欠だという戦略的配慮がある。つまり日印原子力協力は、インドにとってだけでなく、むしろ日本にとってメリットが大きいということだ。

 このように、NPTは核拡散を防止する上で極めて重要な条約だが、決して完全無欠、万能なものではなく、核廃絶の拠りどころではない。また、この条約にインドが加盟しない国情、そして核の不拡散に誠実であることも説明してきた。従って、対印原子力協力を行ってもNPT体制の崩壊にはつながらないし、日本の非核政策とも矛盾しないのである。

⇒次ページ インドとは「困った時の友」になれるはず


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