ところで、「孔子」は今や、パンダと並んで、中国共産党政府の宣伝工作の二枚看板となっている。中国共産党政府は、わずか40年前には自らが全面否定し、徹底破壊の対象とした「孔子」を、今日では宣伝看板として多用しているのだ。
国内向けには、胡錦濤が掲げる「和諧社会(格差のない社会)」という理想は、孔子の教えに通じるなどといっている。一方、国外では、かつて伝統文化の破壊を推奨した共産党政府が、世界に「中国の伝統文化を普及」する拠点だとして、「孔子学院」なるものを各国に設置している。ほとんどブラックジョークの域だ。
そもそも、現代の中国人とくに漢民族が「孔子の子孫」を名乗ることには、民族的にも思想的にも無理があろう。しかし、そういうことはお構いなしなのが、それこそ彼らの「価値観」だ。「われわれの価値観を世界に知らしめるのに、『孔子』が冠につくのは当然」と容易に発想する感覚は、明らかに外国の技術で作った高速鉄道を、「中国のオリジナル技術」と平然と言ってのける感覚にも通じている。
あるいは、彼らのネーミングのセンスが、「パンダ平和賞」ではいかにも締まらない、と判断させたのかもしれない。
最初に騙されるのは誰か?
「嘘も百回言えば真実となる」とは、ナチスの宣伝相だったヨーゼフ・ゲッペルスの言葉である。プロパガンダの手法を表している。現代社会で、この手法をもっとも忠実に履行しているのは中国共産党だという声もある。
たとえば、日本との間の歴史の改ざんや、日本との領土主張にもこの手法が如実に見て取れる。当初、「馬鹿馬鹿しいほどの嘘」と嗤われたことさえ、時を経ても繰り返し、繰り返し言い募ることで「真実化」していくのだ。
その手法が最も有効に働いている対象が、日本である。メイド・バイ・中国共産党の歴史認識を押し付けられてはうろたえる。そのうちに、百回の連呼が世界に向かっても行なわれ、国際的認知を得られてしまう。
領土主張も同様である。日本と中華人民共和国が国交を樹立した1972年当時、すでに中国政府は尖閣諸島の領有権を主張していた。国交交渉のなかでもこの話題に触れたが、日本政府は、一切真面目に取り合うことなく、一蹴した。
ところが、わずか6年後の1978年、日中平和友好条約の締結時になって、聞かれたのが、例の鄧小平の発言「(尖閣諸島問題で)我々には知恵がない。後の世代に解決を託そう」である。日本側は、鄧がどういおうが、「われわれの間に問題など存在しない」と一蹴すべきところを、「これこそ大人の知恵」だなどと感心してしまったのである。
この例だけを見ても、今の世界で、中国共産党のいう「平和」にもっとも忠実なのは、日本の政治家や進歩的文化人の面々にちがいない。
ひょっとすると近い将来、そうした日本人のなかから「孔子平和賞」の受賞者が出るかもしれない。その頃になると、「天使のような少女」を配した、いかにも間に合わせらしき授賞式会場ではなく、これまた、いかにも中国的な仰々しい受賞式会場なども用意されているかもしれない。そこへ、日本のマスメディアが取材に駆けつけ、これを「名誉」であるかのように伝える……。そんな悪夢のような日が来ないとも限らないのである。
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜