2024年7月22日(月)

オトナの教養 週末の一冊

2018年6月22日

 <実に苦しい状態だが、私を私にしているものは何かという疑問を解く手がかりがそこにある。脳の病変や損傷が脳研究に役だつのと同じだ。こうした精神疾患は、自己という建物の正面にできたひび割れのようなもの。そこからのぞけば、休むことなく行なわれている神経活動を探ることができる。>

 <自己感覚を混乱させる神経心理学的な病気はたくさんあるが、この本では二つの基準を満たすものを選びだした。ひとつは、自己の諸側面を具体的に知ることができるかどうか。もうひとつは、自己とは何かという視点での研究が行なわれているかどうかだ。>

なぜ健康そのものの脚を切断する手術を受けるのか

『私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』(アニル・アナンサスワーミー 著、藤井留美 翻訳、紀伊國屋書店)

 身体完全同一性障害では、自分の身体の一部(多くは手足)が自分のものでないと強く思いこみ、切断してしまいたいという観念にとりつかれる。

 手足を失ったあと、ないはずの手足を感じたり、痛みを感じたりする「幻肢」については、V・S・ラマチャンドランの著書などで知ってはいたが、その逆があるのかと驚いた。

 「アジア某国のにぎやかな都市」にある「町はずれの小さな病院」で、身体完全同一性障害の男性が健康そのものの脚を切断する手術を受けるくだりがある。

 患者や家族、関係者の苦悩に共感しながらも、客観的、科学的な態度で仔細を観察し、哀感に満ちた詩的な筆致で綴ったルポルタージュは、圧巻である。

 <次の日、ふたたびお見舞いに行った。点滴と尿バッグははずれている。松葉杖が二本、ベッドの脇に置いてあった。ドクターに言われたとおり、松葉杖でトイレまで行ってきたという。そんな話をするデヴィッドはずっと笑顔で、何度も声をたてて笑った。初めて会ったときからずっと、デヴィッドは張りつめた表情をしていたが、それがすっかり消えている。心から安堵し、満たされているのが私にもわかった。>

 <数か月後、デヴィッドにメールで様子をたずねた。切断手術に後悔は微塵もない。人生で初めて、自分が完全にまとまった存在になれたとデヴィッドは返事をくれた。>


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