「驚くほど強靭でありながら、危ういまでにもろい」
身体自己意識は自己感覚の土台であり、それが損なわれることが、身体完全同一性障害、統合失調症、さらには自閉症を引きおこす。これらはいずれも「意識の中心はしっかり身体につながっている」のに対し、対外離脱やドッペルゲンガーでは、この中心すら揺れ動く。
「身体からの信号を脳が正しく統合できなかった結果」、「脳の機能不全が引きおこした幻覚」が、対外離脱の二重感覚であるという。
本書では、最新の画像診断装置や脳スキャン装置を使った数々の研究が紹介されており、著者自身も何度か被験者になっている。
ヘッドマウントディスプレイを装着して脳スキャン装置に入り、うつぶせになった被験者の背中をロボットアームがなで、その様子がディスプレイに映されるという実験では、一部の被験者に位置感覚と身体所有感覚の混乱が生じた。なかには、「自分の身体を上から見ている」という報告もあった。
こうした研究からわかってきたことは、「自己位置、自己同一性、一人称視点は脳の異なる領域が触覚、視覚、固有受容感覚、前庭感覚を各自で統合した結果生じるものであり、それが自己性の側面を構築している」ということである。
<身体所有感覚、自己位置感覚、さらには自己が観察するときの視点まで、自己感覚を構成する側面を、私たちはあって当然、変わらなくて当たり前と思っている。ところが実際には、健康な人でさえあっけなく崩壊することがあるのだ。>
実は、本書を読んでいる期間に出張などで過労になり、激しい頭痛と嘔吐で倒れてしまった。病院の救急外来にタクシーで駆けつけ、検査や点滴の結果、事なきを得たのだが、頭痛の数日間は、「首から上を切り離したい」と願うほどつらかった。
ふだん脳が健康に働いているときは意識しないが、こうして不具合が起こると、「自己」の恒常性というものがいかに危うく脆いものであるかがわかる。
それだけに、本書に登場する患者たちの困惑やあきらめや主張にも、共感するところが多かった。
さまざまな精神病理が、元をたどれば脳の予測コーディングの不具合にあるのでは、という本書の指摘は、精神疾患を特別視せず、「驚くほど強靭でありながら、危ういまでにもろい」という矛盾を抱えた「自己」のゆらぎとしてとらえることを、私たちに促している。
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