タイトルからして刺激的である。『私はすでに死んでいる』。表紙には、壊死したような、あるいは義手のような、とにかく血の通った自分の腕とは思われない黒い右腕を不安そうに見る白人男性。本を手にしたとき、キワモノかと疑ったが、読み始めてすぐ引き込まれた。
「ゆがんだ<自己>を生みだす脳」という副題のとおり、神経科学の世界から「自己」とは何かを探る、知的刺激に富んだ本である。
著者は、米国とインドを拠点に活躍するジャーナリスト。『ニューサイエンティスト』誌のニュース編集者を経て、現在は同誌のコンサルタントを務めている。英国物理学会の物理学ジャーナリズム賞、英国サイエンスライター・アワードの「最も優れた研究報道」に贈られる賞を獲得しているという。
それだけに本書は、当事者でもなく、研究者でもない、科学ジャーナリストだからこそ書き得た壮大な脳探究の物語になっている。
私を私にしているものは何か
コタール症候群、認知症、身体完全同一性障害(BIID)、統合失調症、離人症、自閉症スペクトラム障害、自己像幻視(対外離脱、ドッペルゲンガー、ミニマル・セルフ)、恍惚てんかんの順で、一章ごとに精神病理をとりあげる。
著者は、さまざまな疾患を抱える当事者や家族、医療者、研究者らに話を聞き、思索し、結果として、神経科学の最先端へ読者を導いてくれる。
たとえば、コタール症候群の患者は、自分が死んでいるとか、身体の一部や臓器が喪失したとか、腐敗しているなどと思いこんだり、強い罪悪感を抱いたりする。逆に、不死感を持つ患者もいる。
自分が存在しないという幻想は、どこからくるのか?
それを探れば、自己を自覚し、経験させている脳の働きに肉薄できるのではないか、と著者は考える。