昨年10月、ラスベガスで起きた米国史上最悪の銃乱射事件。野外コンサートに集まっていた人々に男がホテルの窓から銃を乱射し、58人が死亡、数百人が負傷という大惨事になった。
この事件では犯人の男がホテルの部屋に大量の武器を運び込んでいたことが問題視されたが、男は巧妙に隠して数回に分けて武器を搬入。ホテル側としても宿泊客の荷物を全て検査するわけにはいかない、と釈明していた。
しかし訴訟社会の米国だけに、事件後に数多くの訴訟が起こされたのは事実だ。多くがホテルや野外コンサートを開催した会場に対する責任賠償である。犯人の男性はその場で自殺、この男性は資産家であった、とされるが被害者が多すぎて個人資産では賠償を賄い切れるはずもなく、こうした訴訟が起こされるのは想定内だった、とも言える。
これに対し、犯人が宿泊していたホテル、マンダレイ・ベイを経営するMGMリゾート・インターナショナルが、なんと被害者として現在訴訟を起こしている原告全員、1997人を相手取っての訴訟を起こしたのである。ただし訴訟は被害者に損害賠償などを求めるものではない。米国でも「バカげた法律」とされ、これまで一度も使用されたことのない法律に基づき、MGMが銃乱射事件の責任を負わないことを求めるための訴訟だ。
この法律は2001年の9・11テロ事件後に成立したもので、Support Anti-terrorism by Fostering Effective Technologies Actという名称だ。目的は連邦政府が認可した製品、サービスがテロ行為に悪用された場合、企業の製造責任追及を阻止すること。9・11では凶器として航空機が使用されたが、被害者遺族が航空会社を「テロを起こす製品を作った」と訴えれば巨額訴訟となり企業倒産もあり得ることから、こうした法律が必要とされた。
MGMでは今回の銃乱射事件を「テロ」と認識し、野外コンサートのセキュリティを担当していたコンテンポラリー・サービス社が連邦政府の認可したサービス業社である、という見解の元、この法律により賠償責任を問われない、と逆裁判を起こすことを決定した。
もちろん被害者側からは「事件によって傷つけられ、今回の訴訟によって再び大きな傷を負わされた」という非難の声が上がっている。MGMの訴訟に対して被害者らの記者会見が行われ、代表として登場した人々は「MGMが我々を訴えるなどあってはならないこと」「事件の悲惨な記憶が蘇り、精神的な痛手を被った」などと訴えた。
しかしこれに対しMGMも記者会見を開き、「個別、集団など現在8つの州で多くの訴訟がMGMに対して起こされている。これら全てに対処し、当日のホテル従業員の対応が適切であったか、犯人の銃の持ち込みを未然に防ぐことが出来たか、客室の窓ガラスが銃弾で割れたのはホテルの構造の欠陥か、野外コンサートのセキュリティは十分だったのか、などを検証するのは数年の時間がかかり、コストも膨大なものになる。全ての訴訟を各州ではなく連邦政府の裁判所でまとめて行うことで被害者側にとっても時間の節約になる、と考えた」と反論した。
今回のMGMが法律に当てはまるのかどうかについては、今後米国家安全保障省が判断することになるが、法律は制定以来一度も使用されておらず、法律そのものが非常に曖昧であり、結果が出るには時間がかかる。銃乱射をテロと判断するのか、大量殺人と判断するのかについても意見が分かれるところだろう。