シリアとイラクでほぼ壊滅したと見られていた過激派組織「イスラム国」が地下に潜伏し、侮りがたい力を保持していることが鮮明になった。シリア南部で7月25日、ISによる自爆テロなどの襲撃が相次ぎ260人が死亡する事件が発生、あらためてその恐怖が蘇ることになった。
相当数が復活の機会うかがう
ISは昨年10月、事実上の首都としていたシリアのラッカが米支援のクルド人中心の「シリア民主軍」(SDF)の攻撃で陥落した。米軍などによると、多くは戦死したが、指導者のバグダディら幹部や戦闘員の一部はユーフラテス川沿いに逃亡、シリア東部のイラク国境沿いの一帯に追い詰められている。
その一帯の広さはざっと「米ロサンゼルスの2倍ほどの約1600平方キロ」(米紙)と言われるが、ほとんどは人家のない砂漠だ。ISはかつて120カ国から5万人の戦闘員を集めていたが、今ここに残る勢力は数百人規模でしかなく、米軍の空爆とSDFの掃討作戦で年末までには一掃されると見られていた。
しかし、米欧の軍、情報機関にとって衝撃的だったのは、25日の襲撃事件が追い詰められている東部地域から実に800キロ近くも離れた南部スワイダ県で起きたことだ。襲撃を起こしたIS戦闘員が東部から移動してきたのかどうかは今ひとつ不明だが、シリア全土になお相当数が潜伏し、復活の機会をうかがっている実態がはからずも示されることになった。
ラッカ陥落前後に逃亡したIS戦闘員は約3000人。うち数百人は越境してトルコに脱出、一部はそこからイエメンやリビア、西アフリカ、アフガニスタン、フィリピンなどに向かった。欧州からISに加わっていたのは5000人ほどいたと見られるが、1500人がすでに帰国したという。
戦死せずに捕虜となった戦闘員とその家族らはシリアとイラクの仮設刑務所に収容されている。シリア北東部では、クルド人が小学校などを急きょ刑務所に改築し、戦闘員ら約1000人を拘置しているが、国を持たないクルド人がいつまでも戦闘員を抱えているわけにはいかない。米国は戦闘員を裁判にかけるか、キューバのグアンタナモ基地に移送するかを検討しているが、厄介事を忌み嫌うトランプ政権は決め切れずにいる。
アルカイダと合体
各地に散った一部の戦闘員はシリア北西部のイドリブ県に逃れた。同県は国際テロ組織アルカイダのシリア分派「旧ヌスラ戦線」の本拠地。内戦では一時、反体制派に加わり、アサド政権軍との戦闘に参戦。最盛期には7000人~8000人の勢力を誇っていた。
ベイルートのテロ専門家らによると、イドリブ県に入ったIS戦闘員は「旧ヌスラ戦線」に合流した。ISとアルカイダは路線をめぐって喧嘩別れの状態にあるが、現場の戦闘員にしてみれば、「背に腹は代えられない」ということなのかもしれない。アサド政権軍はダマスカス近郊の反政府勢力の拠点に次いで、今月にはスワイダ県も含む南部3県の反体制派の支配地域を制圧した。
この結果、アサド政権の支配が及ばないのはほぼ、ユーフラテス川東側の米軍・クルド人支配地域と、イドリブ県を残すばかりになった。クルド人とは当面、事実上の領土分割で合意しつつあり、次の焦点は政権軍がいつ、イドリブ県の制圧作戦に踏み切るかに移っている。
「イドリブの戦いはこれまでの反体制派との戦闘とは違い、自爆攻撃などが多発する血みどろの戦いになる。地上戦はテロリスト連合勢力との戦闘だ。ISにとってはラッカの弔い合戦になる」(テロ専門家)。合流したISの戦闘員の中には化学兵器の訓練を受けた者もおり、化学兵器が使われるようなことになれば、戦闘は一段と陰惨なものとなるだろう。