Q それに近いことは取材時に、ある選手から聞きました。アマレスで五輪に出場したこともある男がプロレスに入門早々、その選手のことを「坊や」とからかったそうです。選手はなめられてたまるか、という思いで練習のときに男の鼻をボクシングのように殴ったようです。鼻からは大量に血が出てきて、しばらく止まらなかったそうです。選手は「それ以降、(男が)なめた物言いを俺に一切しなくなった」と話していました。
高橋:日本人・外国人を問わず、鍛え抜いたプロレスラーは猛獣なみに強いですよ。事前に勝ち負けをきちんと決めて、両者納得のうえでリングに上がらなかったら、ひどいことになります。双方とも、負けるよりは勝つほうがいいはずです。互いに勝つために、本気を出して闘ったら、ケガどころか、死にいたることがあるかもしれません。それは、もう、プロレスの試合ではありません。ただのケンカです。
そのようにならないために生まれたのが、暗黙のルールなのです。それを一般の人には知られたくないということで、レスラーの中だけで使う言葉が「ケーフェイ」なのです。私は正確にはその言葉のルーツを確認していないのですが、当時、外国人選手から聞く限りでは「フェイク(Fake)」を逆さ読みにした言葉のようです。
総合格闘技やボクシングなどは、プロレスに比べてルールが厳格です。だから、選手が闘うことができるのです。プロレスのようにあいまいなルールならば、闘えないと思います。
Q そりゃそうですよね。(1回目の記事で紹介した)アンドレと前田さんの試合のような、1歩間違うと危ない試合になりかねない…。
高橋:プロレスのルールというのは、あってないようなものです。たとえば、首を絞めるような行為をしても、5カウント以内でやめれば反則ではないのです。これをどのように解釈することもできます。急所に蹴りを入れたり、目潰しをしてきても、「たった1秒だから、反則ではない」ともいえるわけです。(当時の新日本プロレスは)リングの下の乱闘で、20カウント以内にリングに上がらないと、リングアウト負けになります。たとえば、タイガー・ジェット・シンやアブドーラ・ザ・ブッチャーなどは、1分や2分でもリングに戻ってこないことがざらにありました。その都度、20カウント以内にリングに上がらないからといって、すぐにリングアウト負けにしていたら、お客さんは納得しないではないですか…。
Q 元レフェリーからじかに聞くと、説得力があります。ところで、今のプロレスの試合をどのようにご覧になりますか?総合格闘技との差別化を意識しているのか、サーカスのような試合が増えてきたように思います。
高橋:そうですね。新しい時代の新しいファンのニーズに応えるべく、レスラーは真剣にトレーニングをしていますよね。試合中にヒヤッとする場面が少なくないですね。目をそむけたくなるような危ない試合は(私が現役であった頃よりは)間違いなく増えています。あの頃、(テレビ朝日アナンサーで、新日本プロレスの放送の中継を担当していた)古館(伊知郎)さんが猪木さんの試合を「過激なプロレス」と言っていました。今のプロレスを私が表現するならば、「危険なプロレス」です。もはや、「過激」を通り越しています。
私の脳裏には今でも、猪木さんのプロレスがこびりついているのです。猪木さんは飛んだり跳ねたりはしませんでした。寝技があったり、立ち技があったりと、技を中心にきちんと見せていました。今は、むしろ、アクロバティックな内容が多くなっています。しかも、だんだんとエスカレートしているように見えます。選手どうしで、すごいものを試合で見せようと事前に話し合い、考えていることは私なりによくわかるのです。
それにしても、危ない。試合中、私は「あっ、危ない」と思わず、頭を抱えるようなことがあります。本来、マッチメイカーは選手のリスク管理をしなければいけないはずなのです。試合中に死にいたると、必ず、技を仕掛けた選手や、死亡した選手の受け身、コンディションなどが(メディアに)取り上げられます。しかし、私はその選手たちよりは、マッチメイカーのほうに問題があるとかねがね思っているのです。
Q 私が高橋さんのお話で意外であるのが、「猪木さんへの思い」です。『流血の魔術 最強の演技』では、猪木さんを称えたり、突き放したりしてとらえていますね。実際にお会いし、高橋さんに伺うと、猪木さんにずいぶんと「惚れているところ」があるようですね。
高橋:あの頃の猪木さんは、選手と社長という二面性を持っていました。だから、本業のプロレス以外の仕事に手を出し、大きな損失を出して選手たちを不安にさせましたからね。当時(1980年代)、選手が大量に辞めていく問題が起きていたので、『流血の魔術 最強の演技』では猪木さんの二面性を書きました。もちろん、マイナスのほうばかりを書けばより強いバッシングを受けるかもしれません。
そんな損得だけを考え、自己保身で猪木さんを褒めちぎって書いたら、読者はどのように感じますか…。『流血の魔術 最強の演技』を書くことで自分にふりかかるかもしれないことは、あらかじめ心得ていました。店頭に並んだときには、プロレスの熱狂的なファンから、「(刃物で)襲われるかもしれない」と覚悟していました。
私は現役でレフェリーやマッチメイカーをしている頃から今にいたるまで、猪木さんに出会えたことが、人生の最大の幸運だと考えています。女房との出会いは、別ですよ…。こんなことを猪木さんに直接、言ったことはありません。ただ、ずっと思い続けています。猪木さんに会えたことが、人生の中では最大のラッキーな出来事だった、と。外国人選手の担当の役職につけてもらったことで、世界観を包括的にとらえることができました。
私は、猪木さんと1対1で食事をしたことも、酒を飲んだこともありません。一緒にコーヒー1杯すら飲んだことがないのです。あの人はそういうタイプではないですから…。猪木さんは、私にとってもスターです。(アンドレ・ザ・)ジャイアントがよく言っていました。「スターというのは、近寄りがたい存在だからスターなんだ」って…。私は、彼の哲学を「そのとおり」と思っています。