2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年9月12日

 子ども2人は親戚が集まってにぎやかな隣家がうらやましいのか、木に登って何度もこちらの家の中をのぞいている。私が手を振って彼らを招き入れると、木の上からりんごをもぎ取ってプレゼントしてくれた。宋家の子どもたちも胡桃やひまわりの種を畑から取ってきてくれた。茹でずに生で食べる。甘くて香ばしい。姑姑の娘と娘の夫、小学生の子どもたちが姑姑家のジャガイモの収穫をして汗だくで帰ってきた。年老いた両親に力労働をできるだけさせないようにしている。娘夫婦の出稼ぎ先はバスで2時間ほどの場所だから、何かあればすぐ親の顔を見に来ることができる。親孝行ぶりがよくわかった。

土匪に兄弟が 隣人女性に両親を殺される

 翌日、姑姑の長男・楊傑の車で張さんの父の生まれ育った張姓が集まる村に移動する。このあたりは元々少数民族が住んでいたが、120年ほど前に漢民族が移り住み少数民族を追い出したという。勤勉な漢民族は農地を切り開き、徐々に富を築いていった。それに目をつけた土匪(集団で掠奪・暴行などを行う賊徒)が、今度は張さんの父の15人兄弟のうち7人を殺してしまった。

 張さんの幼少時の記憶によると、張村には「吊楼」があった。土匪から村を守るための城砦のようなもので、4階建てで銃が撃てるようになっていた。張さんは昔を懐かしんで吊楼を探したがすでに取り壊されていた。

先祖の墓を参る張村の人々

 張さんの父は両親も殺されている。1950年代の土地改革の際、「富農」のラベルを貼られ、「批闘大会」(地主や富農に自己批判させるために開かれた公開討論会)に行く途中、近所の女性に殺されたのだ。彼女は張さんの父の弟の元嫁だった。弟は土匪に殺されている。夫を亡くした元嫁は再婚したが相手は貧農だった。余裕のある張さん一家を一方的に妬んでいたのだという。

 この頃、張さん一家は階級闘争において打倒の対象である「富農」とされ、子どもたちは中学校に進学することも許されなかった。しかし、張さんの父はあきらめず、村を出て曲靖市まで出て行き、受け入れてくれる学校を自分で探した。張さんの父は中学校を卒業した後、小学校の教員になった(注:宣威は県レベルの市で上位の市である曲靖が管轄。日本の行政区とは反対で中国は市の下に県がある)。

子どものためなら何でも 全財産を教育に使い果たす

 張さんの父の一番下の弟「小叔」は今年61歳だ。小叔は村を飛び出して市内の学校に飛び込んだ張さんの父に影響を受けたのか、自分の子どもに積極的に教育を受けさせた。

 長男は曲靖の中等師範学校に、次男は大理外語学院に進学し、2人とも現在、龍潭鎮の中学教師をしている。この下に娘がいるが、すでに1人っ子政策が実施されていたため、超過出産の罰金として1500元を払った。大卒の初任給が50元ぐらいの時で、大変な苦労をしたという。

 その上、兄弟は3人ともが学力不足や志望校入学のために留年を繰り返し、小叔は多額の教育費を工面しなければならなかった。息子2人は大学に入るために高校に5年間通った。次男は高校進学にも失敗しており、一時は鎮の市場で肉饅を作って売っていた。「高校に行きたくないのかい?」と小叔が聞くと、次男は「行きたい」と言う。小叔はさまざまな伝手を使い、数千元の謝礼を払って高校に入学させた。娘は小学校に7年、中学校に6年、高校に4年通った。衛生学校(地元の医療衛生専門家を養成する学校)に合格したが、自分の志望する学校ではないとして進学せず、それなら教師になりなさいと小叔が師範学校を受けさせたが合格できなった。現在は結婚し、雲南省の省都・昆明で出稼ぎしている。

 小叔は3人の子どもの教育のために何でもやった。養豚、煙草、栗、胡桃などの栽培・・・・・・。近隣の山から石炭を掘って売ったりもした。独学で獣医学も学んだ。昔、獣医をやるのにコストはかからなかった。薬はつけで仕入れ、使い終わってから代金を払えばよかった。妻も鎮で屋台を出して働いている。

 教育に全財産を使い果たしたため、1970年代に建てられた小叔の家は激しく老朽化していた。小叔は、鎮で働く息子たちが家を建てるための土地を用意してあるという。しかし、彼らは村には戻ろうとしない。「家を買うなら曲靖市の中心部に買いたいと言い張って聞かないんだ。そんなの現実的じゃないだろう」小叔はため息をついた。(後篇へ続く)

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信北京特派員)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

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