2024年4月20日(土)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年1月8日

新しい中国映画の流れ

 本作をみて思い起こすのが数年前に日本でも公開された『薄氷の殺人』という中国映画だ。共通点は多い。事件もののサスペンスであること。そして、1990年代の喪失感をテーマにしていること。そして、中国の地方都市の不気味さを底流に物語を描き出していること。脚本も手がけた董越監督も、本作は自分が大学生であった時代に見過ごしてしまった「あの90年代」の意味を問いかける作品であることをインタビューで認めている。

 中国では格差というのは、何層もの重なる意味を持っている。貧富の格差はいうまでもない。さらに、都市間の差、都市と農村の差、勝ち組と負け組は天と地ほどかけ離れている。地方都市は勝ち組にも負け組にもどちらにもなれる場所だ。だからこそ、むき出しの欲望がなおのことさらけ出される。

『薄氷の殺人』はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。本作も東京国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀芸術貢献賞を同時受賞するなど、海外でも高い評価を受けている。その内容は上質のクライムサスペンスでありながら、実は、現代中国の深い矛盾を透かし絵のように浮かび上がらせる仕掛け。そして、ノワールの暗さ。新人とは思えない手腕を発揮した若手の董越監督は過去の中国の映画監督のように個性的なタイプではなく、あくまでも冷静なプロとしてエンターテイメントの一線を守りながら、隙のない秀作に仕上げた。

『迫り来る嵐』の董越監督(筆者撮影)

 中国では、あまりにも直接的な社会批評の作品は上映が難しい。だが、社会矛盾を突くものでなければエッジの効いた内容にはならない。その間隙を縫うような難しい作業になるが、本作のようなクライムサスペンス型の社会派映画は、新しい中国映画の流れとして、今後も新作の登場を期待していきたい。

*『迫り来る嵐』は現在、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町で上映中。公式HPはこちら

  
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