2024年4月26日(金)

Wedge REPORT

2017年12月19日

 香港が中国に返還された1997年――もう二十年も前になるわけだが、香港好きの人はもちろん、ブームに乗ってその前後に彼の地を旅された人は多いのではないだろうか? 日本人はそういう「劇的」が好きだし、現地で目の当たりにするなんて、二度とない特別な体験だ。

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 97年ではなかったが、自分も98年7月に香港を訪れた。初めての海外渡航だったし、「劇的」欲しさから、行きはカイタック空港、帰りはチェクラップコク空港という日程にした。九龍城地区のビルをかすめる最後の着陸風景を写真に収めたあとは、ベタに、スターフェリーを渡って、超高層ビルを見上げ、看板が突き出た繁華街や屋台がひしめく市場のにぎやかな音を聴いて歩いた。もちろんウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』のエレベーターや『天使の涙』の地下鉄の駅も……。

 中国語を勉強する前だったこのとき、ふらふらと(目的は着陸だったので、そのあとは闇雲に)歩き回ったことが、まさか二十年経って、初めて香港の小説――陳浩基(ちんこうき/サイモン・チェン)『13・67』を翻訳するときに役立とうとは、「天眼」と言われる本書の主人公・クワンでも気づくまい。

訳者が語る『13・67』の魅力

『13・67』陳浩基 著、天野健太郎 訳(文藝春秋)

 香港警察きっての名刑事・クワンが、香港市民を守るため悪と戦うこのミステリーは、連作小説と逆年代記(リバース・クロノロジー)という形式で、一話ごとに時代を遡っていく。

 「雨傘革命(オキュパイドセントラル)」の前年、返還後の矛盾が噴出する2013年から始まり、内戦終結からまだ間もなく、反英暴動が吹き荒れていた1967年まで――二十年どころかおよそ半世紀の香港社会の変遷を描く。つまりそれがそのまま、タイトルになっているのだ。

 この小説の楽しさは、ストーリーを(犯人を)追っているうちに、まるで香港の街を歩いているかのように、風景が眼前に広がってくることだ(香港を訪れたことがない人でも)。

 第二話では、2003年の華やかな繁華街とその裏に隠された闇が描かれている(美しいアイドル歌手がマフィアに襲われるジョーダンロードの埋立て地と、クワンがビールを飲みながら弟子のローの愚痴を聞くモンコック[旺角]ファーガソンスタジアムにも98年に行っていた。無論、偶然である)。また第五話以降は1970年代、60年代が舞台で、経済至上主義的な現在の香港ではもはや見つけられない、なつかしい香港の路地や市場が描かれる。

 訪れた(訪れる)ことのない風景を見て、そこに暮らす人びとの生活をリアルに感じることが海外文学の醍醐味だ。主人公とともに香港じゅうを駆けめぐれば、映画ではわからない、ヴィクトリア湾の潮の香りや、喫茶店で出されるミルクティーのぬくもりまで感じられるのではないか。そして、中国の文化大革命の影響と支援を受けた左派暴動と、ピース缶ならぬ「パイナップル」爆弾テロが描かれる第六話は殺伐として、その空気感がひしひしと肌に伝わってくる。


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