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2017年12月19日

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天野健太郎 (あまの・けんたろう)

台湾専門翻訳・通訳、聞文堂LLC代表

1971年愛知県生まれ、三河人。台湾専門翻訳・通訳、俳人、台湾の書籍を日本語で紹介する、聞文堂LLC代表。訳書に龍應台『台湾海峡一九四九』『父を見送る』、呉明益『歩道橋の魔術師』、猫夫人『店主は、猫』、鄭鴻生『台湾少女、洋裁に出会う』、ジミー・リャオ『星空』、陳浩基『13・67』ほか。台湾文化センターでイベント企画も。ツイッターアカウントは「@taiwan_about」。

「香港飯」もご賞味あれ

 第四話に限らないが、緊迫するストーリー展開のなか、ちょいちょい香港飯が登場するところはさすが美食の都の作家である。第六話の風景はまるでセピア色に見えるが、主人公が捜査で立ち寄った飲茶楼だけは蒸籠の湯気と活気に満ちて、読んだ人はいてもたってもいられなくなるだろう。

 じつは(本作だけでなく、拙訳作は昔からそうだが)文中に食べ物が登場したときは基本、訳のあとに括弧で現地語の料理名を付してある。翻訳は当然、現地語がわからない人のために、その作家が描いた世界を日本語でイチから構築し直す行為だから、これは純然たるサービスである。

 機会があれば、ぜひ香港の街を歩いて(著者もあとがきでそう呼びかけている)、そして文中の漢字を指さし、その料理を味わっていただきたい。食べなくても訳はできるが、読んで食べないわけにはいかない。

danielvfung/iStock

『13・67』が世界で広く受け入れられている理由

 『13・67』は香港人作家の作品だが、彼らの日常語である広東語でなく、標準的な中国語で書かれている(だから自分の周囲の台湾人がみな絶賛していて、読む気になった)。つまり彼は香港の読者だけでなく、世界中の中国語を解する華人に向けて発信しているのだ(香港の出版市場が小さいからしょうがないのだが)。

 結果、欧米・アジアの12ヶ国で翻訳出版されている(あるいはその予定)。日本版はこの年末恒例のミステリベストテンのうち、「週刊文春」「本格ミステリ」の海外部門で第一位をいただいた。逆から見れば、日本のミステリファンの方々の偏見のなさ(貪欲さ)の証であり、待ちに待った華文ミステリとのご対面になった。

 世界で広く受け入れられている理由として、著者が非常にローカルな風景と歴史を背景にしながら、「正義」という普遍的なテーマを描いていることも挙げられるだろう。自分は台湾人作家の作品を訳すことが多いが、彼らはみな実直にテーマのために(言い換えれば、社会を変革するために)小説に書く。陳浩基もまた、エンタメ小説として極上の構成力を発揮してなお、てらいなく「正義」を訴える。

 そして、六つのストーリーを遡っていけば、この作品が「正義」という理想に向かって、一歩一歩進んできた主人公たちの「成長譚」だったことに気づく。ぜひ頁を開いて、「劇的」な歴史の影で静かに脈打つ、人と都市の熱い血潮を感じ取っていただけたら。

  
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