1月に就任したブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領(63)は一見、トランプ米大統領の真似をして大衆の支持を集めたお調子者に思えるが、そこが怖いところだ。もし彼が思うままに、国や法律、制度を動かすことになれば、それは「パンドラの箱」を開けるようなもの。一度始めてしまうと容易には戻れない歴史的選択に踏み切ることになる。だが、問題は彼自身が「歴史的」だとわかっているかどうかににある。
軍隊の後、27年間も国会議員をやりながら泡沫政党の党首という以外、特に目立った政治活動をしてこなかったボルソナロ氏がなぜ、大統領に選ばれたのか。これは、彼自身の魅力や実力というより、時代の要請が大きい。
現在汚職とマネーロンダリングの罪などで服役中のルラ・ダシルバ元大統領(2003〜11年在任)に始まる「左派政権」の汚職が、すでに愛想が尽き始めていた政治家に対する人々の不信をさらに深めた。労働組合のリーダーで貧者救済を訴えてきたルラ氏への不信が高まったのは、のちに弾劾で政権を追われる後継者、ルセフ元大統領(11〜16年在任)がルラ氏を訴追から守ろうと躍起になっていた16年のことだ。「政治不信」が極まれば、大衆は大言壮語の変わり種を求めるようになる。
ボルソナロ氏が支持を集めたのは、彼が政界の外れ者で、トランプ米大統領の手法を真似た毒舌、本音の言葉が人々に新鮮に響いたのが大きい。政治的なきれいごとを並べながら、裏で賄賂をもらう政治家よりは、差別発言を繰り返す男の方が何かをやりそうな気がする、という一過性の期待だ。
「我々は社会主義から解放されるだろう」といった就任演説で幕開けしたボルソナロ政権がまず手をつけそうなのが、銃規制の緩和だ。激増する犯罪を抑えるには、市民による自衛力と警察力、というのが彼の年来の主張だ。
政策を進めるのはたやすいが、銃規制は一度緩めてしまうと、元に戻すのに大変な労力を要する。国の指導者が「銃を持て」と訴えるのはやはり危うい。一時的に犯罪率が下がったとしても、社会の武装化という「つけ」は残る。民間の調査機関、Datafolhaによると、昨年末時点で国民の61%が銃規制緩和に反対している。
もう一つ、彼が大きく変えそうなのが先住民と天然資源に対する保護政策だ。ブラジルの国土の18%が自然保護のための公園、12%が先住民居留地に指定されている。ボルソナロ氏は長年、「国は数十万人の先住民を動物のように居留地に押し込み、彼らの経済的発展を阻んできた」と批判してきた。また、彼の支援者には大土地所有者や農園経営者など富裕層が多いこともあり、居留地や自然公園の農地転用を推し進めようとしている。
先住民保護、熱帯雨林保全でブラジルは長く世界の先導役だった。だが今は、もうその地位から降りたいと叫んでいるようにも思える。地球環境も自然保護も俺たちには関係ない。好きなようにやらせてくれ。これからは自分のこと、自分の国だけを考えていく、と。
そんな考えが彼の言葉からは読み取れるが、その辺りがトランプ氏に近いところでもある。彼の政策がそれぞれきつく見えるのは、いずれも取り返しがつかない選択だからだ。それなのに、さほどの熟考も議論もなされないまま、突き進む怖さがある。
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