国土の18%を失った国、金で操られる国
この背景には、近年のネパールの政治的混迷と共産化、そしてブータンの民主化といったヒマラヤ諸国の政治体制の変化がある。これを見透かしつつ、中国がこれらの国々に対し、武力と経済力の硬軟を織り交ぜた「静かなる侵攻」を進めている、という話はインド政府関係者からも聞かれた。
中国が、他国への影響力強化を図る際の流儀は、世界中で共通して見られ、おもに二通りある。第一は、武力をチラつかせながらじりじりと他国の領土や海への侵入を繰り返し、既成事実を積み上げるやり方。昨今、わが国の尖閣諸島周辺や南シナ海での行動でも“お馴染み”のこのやり方で、近年、ブータンは実に18%もの国土を奪われた、とインドメディアは喧しく伝えている。インドの北東部と、ブータンの西部と国境を接しているチベットのチュンビ渓谷から、ブータン側へ毎年数キロずつ人民解放軍が入り込み、勝手に建設物を建てるなどして実効支配してしまった、というのだ。
中国による「静かなる侵攻」にはもうひとつの典型的な手法がある。金の力と、数において圧倒的に豊富な人力をもって、相手国の経済に影響を与え、権益を握っていく、あるいはそう見せかけて心理的に優位に立つというやり方だ。
むろん、新興国相手の際と、日本を含む先進国相手の際では、実施の風景に少々の違いはあるが、基本は同一の戦術といえる。新興国相手の場合、援助金とともにインフラ整備等の工事を請け負い、自国から大勢の労働者を送り込むことが多い。その数、万人単位という例も珍しくなく、結果、現地人の雇用はさほど拡大されないため、世界各地ですこぶる評判が悪い。ネパールも近年このターゲットになっているというのだ。
多くの開発工事が中国系の企業によって落札され、中国から工人が来る。一方、首都のカトマンドゥのほか各地の観光名所では、日本でもお馴染みとなった中国人観光客の姿が多く見かけられるようになった。つまり、金持ち観光客という「上流」と、労働者という「下流」の双方から漢人がなだれ込んでいるのである。
こうした「静かなる侵攻」の波が、とうとう中国との国境からは遠く離れた、ネパール南部のルンビニに至ったというのが、件のニュースだ。ルンビニは釈迦生誕の地。仏教の聖地である。ここに巨費を投じて、高さ100mの巨大仏像や、釈迦の生誕当時を再現した庭園、5つ星ホテルなどを建造し、世界から観光客を呼べる「仏教のテーマパーク」としよう、と北京の投資集団が持ちかけ、ネパール側が内諾したと報道された。
真珠の首飾りの留めか、それとも……
こともあろうに、チベット仏教への弾圧で世界に悪名を轟かす中国の資本で、釈迦生誕の聖地を再開発しようとは、何ともブラックな話ではある。
一方、ルンビニは、観光マネー以外の理由でも、中国側にとって重要な意味をもつ場所と思われる。村は、ネパールとインドとの国境の町スナウリからわずか30kmにある。ここに中国人で賑わう町が出現すれば、インドへの無言の大きな圧力となる。
中国は、2006年に北京からラサまで通したチベット鉄道を、将来はカトマンドゥまで延長したいとの構想もすでに発表している。そもそも、観光列車としての姿は見せかけで、その実、兵站など軍事での用途こそ主眼では、と国際社会から疑いの目を向けられてきたチベット鉄道が、ネパールまで延びるとなれば、「中国のネパール併呑」への疑いもますます濃厚となろう。