2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年9月28日

 すでに、パキスタンやスリランカ、ミャンマー、バングラデシュといったインドの周辺国は中国に取り込まれている。各国の領内に、人民解放軍の拠点となり得る港湾等の施設が中国の援助によって整備され、それらが「真珠の首飾り」と称されるインド包囲網となりつつあることは以前、当コラムに書いた。軍事施設ではないが、ルンビニの開発計画もインドにとっては気が気でないはず。中国の拡張野望恐るべし、と結論づけたくなるところだが、これには「異論」も聞こえてくる。

 宮原巍さんは、ネパール在住40年余の実業家だが、2005年にネパール国籍を取得、「ネパール国土開発党」という政党を立ち上げて現地で政治活動をも行っている人物だ。宮原さんは、例の「北京の資本によるルンビニ開発」の話は内諾などしていない、という。中国の「ネパール併呑か」という論調に対しても否定的だ。

 「観光地には中国人が多く見られますし、建設工事なども中国企業が落札している。しかし、それでネパールが中国に呑まれるかのような話は筋違い。そもそもネパールはインドへの依存度が極めて高い国です。石油から何からすべてインド経由ですから。それは今後も否応なく続きます」

 たしかに、外国からの輸入品は大半がインドの港に水揚げされ、ネパールへ運ばれる。インドとの関係を損ねれば、ネパールは石油すら手に入れることができない。インドにネパールの生命線を握られているといっても過言でない。内陸国ならではの悩ましい事情だ。

 ネパールの貿易数値を見ると、輸出65.8%、輸入57%と、対インド貿易のシェアは圧倒的だ。ちなみに対中貿易はというと、輸出2.3%、輸入11.6%と大きな開きがある。これを縮めるのは相当困難と見られ、そもそも地の利の点で圧倒的に不利だから、今後、中国側が現地生産拠点の建設等でネパールへの投資を加速させることは間違いない。

ネパールの駆け引きは功を奏すか?

 巷に目を移すと、インドの都市部の飲食店等ではウエイターとして働くネパール人を大勢見かける。インド、ネパール両国の間では、人の行き来がほぼ完全に自由なためだが、では、民間人同士はよき隣人関係か、というとそうともいえないようだ。

 「従来インドがネパールの政治を左右してきたし、政治的な嫌がらせのようなこともありました。民間人レベルでも、ネパール人のインド人への感情は複雑ですよ」

 よく考えてみれば、今では、中国の手先のようにも言われるマオイスト(毛沢東主義派)も、そもそもはインドが「育ての親」であったともいえるのだ。

90年代半ば、「清貧」を掲げて登場した毛派は、次第に武力闘争も辞さずといった方向へと転換し、ネパール政界をかき回し始める。この頃、毛派の幹部は事あるごとにインドへ逃げていたが、インド当局は彼らをすすんで庇護していた。当時むしろ中国政府は、「彼らがマオ(毛沢東)と名乗ることは迷惑」と言ってインドをけん制していた。

 時が移り、その毛派が政権を取り、首相が就任後最初の外遊先にインドではなく、中国を選ぶという「事件」が起きた08年あたりから、外国のメディアがしきりと「毛派を操る中国」と喧伝するようになった。

 この種の情報の多くが、インド発だということを見逃すべきでない。インドは実は、英国譲りの高いインテリジェンス能力を持つ国である。今日、そのインドが、中国と自らの周辺諸国との関係をネタに、世界に向かって壮大な情報戦を仕掛けている、と見ることもできなくはない。そしてその2大国の間で、両者を天秤にかけ、けん制材料に使いつつ、したたかに生き抜こうとしているのがネパールだ。国際政治とはまさに謀略の場であり、さまざまなニュースは、そうしたハカリゴトのなかからこぼれ出てくるものだということを、私たち日本人は十分に承知しておく必要がある。

 中国とインドという2大国が今も、半世紀前の戦争の休戦状態にあり、つば迫り合いを繰り返しつつ、両者ともに経済力をつけ、軍拡への道をひた走っていることも以前、当コラムに書いた。日本では最近、中国脅威論がますます高まり、それへの対抗上、インドとの関係をもっと密にすべきだとの声が高まりつつある。私も繰り返し、そう述べてきたつもりではあるが、一方で、日本の世論が、「中国=悪玉」「インド=善玉」という方向へ短絡していくことへの危惧もある。

 今後も、中国、ネパール、インドの関係、動静に注目し続け、日本の読者に対してはむしろこれを単純化せず、その複雑さをこそ伝えていきたいと思うのである。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

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