アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏が死去した。
創業35年。企業や研究所の仕事道具だったコンピュータを個人用のパソコンに作り直し、
普及させたアップルは、ジョブズ氏のもとで、携帯デジタルプレーヤー「iPod」、
スマートフォン「iPhone」、タブレット「iPad」とヒットを連打。
コンシューマ(一般消費者)のデジタルライフに新風を吹き込んできた。
ジョブズ氏の最高の作品「アップル」は、その作り手を離れて輝き続けることができるか。
米・アップルのスティーブ・ジョブズ氏は今年1月に病気療養入りした後も、新製品発表会などに痩せた姿で登壇し、自らの口で製品や戦略を紹介してきた。業績も株価も文句無し。投資家からみて、ジョブズ氏の健康状態は「唯一にして最大の懸念材料」だった。石油大手のエクソンモービルと株式時価総額で世界一を争う企業にもかかわらず、ジョブズ氏の姿や声の張りで株価が動き「大統領よりも健康状態に注目が集まる米国人」といわれるほどだった。
しかし、過去2回の療養と異なり、今回は最高経営責任者(CEO)への復帰を断念した。「アップルCEOとしての仕事と期待に応えられなくなった」(ジョブズ氏が取締役会と従業員にあてた手紙)。2004年に膵臓がんで療養して以来、闘病してきた健康状態が悪化したとみられ、CEOの座を腹心のティム・クック氏に譲って第一線を退いた。
大卒でもなくMBAもない
ジョブズ氏はサンフランシスコで生まれ、シリコンバレーで育った。エンジニアでも、IT(情報技術)の専門家でもなく、学歴もない。大学は入学後1年もたたずに退学し、インドを放浪した。米国企業の経営者なら当たり前の経営学修士号(MBA)もない。では、ジョブズ氏がアップルを世界有数のIT企業に育てあげることができたのはなぜか─。それは「徹底した選択と集中」にある。他社が先行した製品やサービスでも、ユーザー視点で余計な機能や説明を省き、製品、サービスを次々とヒットさせてきた。
ジョブズ氏は「経営者の仕事はいかに素晴らしいアイデアに、ノーといえるかにかかっている」という。「全てにノーをいい、何も変えない」わけではない。良いアイデアにあえてノーを繰り返すことで、アイデアを絞り込み、分かりやすい製品を提供してきた。ジョブズ氏の業績の多くは、既にあるものを壊し、よりよきものへと「リインベント(再発明、再定義)」したことにある。
正しいと確信した製品には、金も人材も迷わず集中的に投入する。11年4~6月期で売上高は前年同期に比べて82%増、純利益は2.2倍と驚異的な業績を記録したが、製品を絞り込み、リスクをとって規模を拡大した結果だ。ジョブズ氏のリスクを取る姿勢と執念は、役員報酬の面でも徹底している。アップルに復帰し、1997年に暫定CEOに就任して以来、年間報酬は1ドル。実質無報酬だが、「金を稼ぐことは二の次。ユーザーを驚かせたい 」と情熱を燃やしたジョブズ氏の迫力が、優秀なエンジニアや取引先を引き寄せ、成功につながっているともいえる。
ここに日本のIT大手や電機メーカーが学ぶべき点がある。世界市場で存在感を失った日本勢だが、技術力や生産力では負けていない。だが、パソコンでも、テレビでも、デジタルカメラでも、よいアイデアを絞り込み、他社にはない製品へと、作り替えることができなかった。市場を先読みして、ユーザーを魅了する製品やサービスをタイミングよく送り出すリスクをとれず、市場を開拓するという迫力もなかった。