2024年12月4日(水)

さよなら「貧農史観」

2011年10月19日

農薬や化学肥料に頼らない土作り

 岩手県花巻市に盛川周祐さん(60歳)という農業経営者がいる。同氏は水稲15㌶の他、岩手特産の南部小麦等を27ヘクタール、大豆13ヘクタール、加工用馬鈴薯を3ヘクタール生産している。水稲15ヘクタールのうち9ヘクタールは代かきや田植えをせずに麦のように畑状態で種を播く乾田直播という栽培方法に取り組んでいる。そのために一般的な農家は使わないプラウという耕うん用機械やレーザーを使ったレベラなども装備している。それが乾田直播成功の条件になっている。

 その乾田直播で盛川さんは不作年だった昨年、平均収量で615キロを収穫している。昨年のこの地域の田植栽培の収量が500キロ程度であるのと比べれば、増収することだけで2割以上のコストダウンをしていることになる。まだ、乾田直播栽培に目途を付けた段階だと話す盛川さんは、さらに土作りのレベルが上がっていけばまだまだ増収は可能だと考えている。同氏の場合、中古の機械を探し出し、それを自ら修理して使う。機械のメンテナンスも多くを自分でこなす。さらに、トラクタや各種作業機は稲、ムギ、大豆、ジャガイモなどに汎用的に使うのでその償却費はさらに小さくなるのだ。

 品種改良によって、今では1トン以上を目指せるような品種もあり、一部は飼料米として使用されている。しかし、現在のような多様な品種改良もなく、化学肥料や農薬や農業機械も自由には使えない時代に多くの農家がこれほどまで多収を競い合った時代があったことを農業関係者たちは思い起こすべきだ。

 彼らは現在のように化学肥料や農薬でコメを「作る」農業ではなく、作物が健全に「育つ」条件として、根の生育環境を整える土作り・田作り、優れた観察力を発揮して時々刻々、生育条件の変化に適切に対応することで多収を実現させたのである。

 盛川さんら技術確立に取り組んできた農業経営者たちが口を揃えて語ることがある。それは、米作日本一を目指したかつての篤農家が取り組んできたことと同じだ。肥料ではなく圃場を作物が健全に育つのに最適な条件に整える。作土(さくど)を深くし、適正なレベルの排水を維持し、単に表面が均平なだけでなく作土層全体の土壌条件が均一になるような作土作り。肥料に頼らず地力で増収すれば多収は良食味につながるのである。

 増収を考えない農業とは歌を忘れたカナリアのように寂しいことなのではあるまいか。
 

◆WEDGE2011年10月号より

 



 


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