2024年12月2日(月)

赤坂英一の野球丸

2019年4月24日

 夏の甲子園(第101回高校野球選手権大会=8月6日開幕)まで約3カ月半もあるのに、今年もまた早くも〝スピードガン狂騒曲〟が始まっている。いや、球界とマスコミに蔓延する〝スピードガン症候群〟が悪化の一途を辿っている、とでも言ったほうが正確か。

(ADonsky/gettyimages)

 大船渡(岩手)の本格派右腕投手、今秋のドラフトの目玉でもある佐々木朗希(ろうき)が、日本やメジャーリーグのスカウトたちの目の前で最高速度163㎞を計測。「高校野球史上最速、プロを含む日本人投手2位の記録」と大評判になっているのだ。 

 この「記録」が出たのは今月7日、奈良県内のグラウンドで行われた高校日本代表候補研修合宿の2日目だった。U18(18歳以下)のワールドカップ(W杯)出場メンバー選考のための紅白戦で、横浜・内海貴斗へ投じた外角低めへの真っ直ぐが163㎞に到達。

 これが、大谷翔平(現ロサンゼルス・エンゼルス)が花巻東(岩手)3年時に記録した160㎞を3㎞上回って「高校最速」。さらにその大谷が日本ハムで16年にマークした165㎞に次ぐ「日本歴代2位」の記録となった、というわけだ。

 しかし、ちょっと待った、である。大谷が自己最速記録を出したのは、高校時代の160㎞が2012年岩手県大会準決勝・一関学院戦。日本ハム時代の165㎞が16年パ・リーグCS(クライマックスシリーズ)最終ステージ、ソフトバンク戦の第5戦だ。つまり、どちらも公式戦において、どちらも球場のスピードガンに計測された「公式記録」なのである。

 これに対して、佐々木の出した163㎞は、公式戦でないどころか、練習試合ですらない合宿中の紅白戦での数字に過ぎない。しかも、約50人ものスカウトが詰めかけた中、163㎞を計測したのは中日のスカウトが持ってきたスピードガンだけだった。他球団のスピードガンでは160㎞にも届かず、150㎞台後半にとどまっているものも少なくなかったという(それでも、十分速いことは速いのだが)。

 ところが、この数字を翌日のスポーツ紙は大々的に報じた。今春のセンバツで151㎞をマークした星稜・奥川恭伸が佐々木の投球を見て、「(彼は)高校生のうちに170キロに到達するんじゃないかと本気で思います」と発言したことも〝163㎞フィーバー〟に拍車をかけた。そうした一連の報道により、佐々木には早くも新元号にちなんだ「令和の怪物」という異名がつけられている。

 そこまでなら、何事も大袈裟に報じがちなスポーツマスコミがよくやること、で済ませられるが、NHKまで地上波と衛星放送の定時ニュースで繰り返し伝えていたのには、正直言って驚いた。あくまでも単なる練習で、一スカウトのスピードガンに表示されただけの数字に、公共放送がテレビで何度も報道するほどの意義があるのか、と。

 いや、春夏の高校野球を日本全国に生中継しているNHKとしては、「意義」はなくとも「価値」はあると判断したのだろう。今夏の甲子園に大谷を上回る「高校野球史上最速投手」が登場するかもしれない、となれば、大会と中継を盛り上げるには持ってこいの好材料だからだ。

 NHKは4月12日、総合テレビ朝7時からのニュース番組『おはよう日本』でも「163㎞」にまつわる裏話を紹介。紅白戦で捕手を務めた中京学院大中京(岐阜)の藤原健斗にインタビューし、佐々木の真っ直ぐがいかに速く、受けた瞬間の衝撃がいかに大きかったかを語らせていた。

 そうしたニュースを伝えること自体が悪いとは言わない。野球人口の減少が続いているいま、夏の甲子園が大いに盛り上がるなら、私のようなライターにとっても願ったり叶ったりである。が、マスコミの一連の報道から感じられる〝スピード至上主義〟には、個人的に違和感を覚えるのも確かだ。

 高校生とスカウトのスピードガンと言えば、大阪桐蔭の左腕エースだった辻内崇伸を思い出す。彼は3年生だった05年夏の甲子園に出場し、1回戦の春日部共栄(埼玉)戦で158㎞を叩き出したと騒がれた。

 ただし、これはネット裏にいたオリックスのスカウトのスピードガンの数字。甲子園の電光掲示板やテレビ中継で表示されたのは、それより6㎞も遅い152㎞だった。スピードガンは機種や計測する角度、手動か自動かによってそれぐらいの誤差が生じるのだ。


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