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2019年6月10日

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土居丈朗 (どい・たけろう)

慶應義塾大学経済学部教授

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手などを経て現職。『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社)で2007年度日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞を受賞。税制調査会委員等を兼務。
 

 わが国では、年金、医療、介護の社会保障は、対象者は全員加入が義務付けられているから、非正規雇用者も社会保障の恩恵にはあずかれる。しかし、事業主負担保険料のある被用者保険には、非正規雇用者は加入できないため、本人負担のみの社会保障制度にしか入れない。その結果、年金では、本人負担分の少ない保険料しか納められないから、老後の年金給付も少なくなる。医療や介護では、事業主負担保険料がない分より多く保険料を支払わなければならないことになる。社会保障制度において、非正規雇用者は、正規雇用者に比べて冷遇されている。

 非正規雇用化は、別のところにも悪影響が及んだ。それは、生産性の低迷である。正規雇用者は、長期に継続して雇用されることが前提だから、OJT(職場で実務をさせることで行う従業員の職業教育)が受けられ、労働者としてのスキルを蓄積できる。しかし、非正規雇用者は、契約期限が切れて再雇用されなければ、それ以上OJTは受けられず、スキルの蓄積も阻まれる。

 既にシニア労働者では非正規雇用が広がっている。65歳以上の雇用者について雇用形態をみると、非正規の職員・従業員は多く、かつ、増加傾向である。総務省労働力調査によると、2016年では正規の職員・従業員が99万人に対して、非正規の職員・従業員が301万人であり、役員を除く雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合は75・3%となっている。

(出所)総務省労働力調査を基にウェッジ作成
(注)2011年は岩手県、宮城県及び福島県を除く44都道府県の集計結果 写真を拡大

 これらを踏まえると、70歳以上の年金保険料の支払いを義務付ければ、退職後に受け取れる年金額が増える、というのは脳天気な見通しと言わざるをえない。義務付けても、企業側には、非正規雇用者として雇って事業主負担保険料の支払いを回避するという選択肢が残っていることを、すっかり忘れているようだ。企業に事業主負担保険料を負担させれば、少ない本人負担でより多くの給付が受け取れる、という錯覚に頼って、なし崩し的に事業主負担保険料を徴収する期間を増やせば、シニア就労においてさらに非正規雇用を増やす可能性がある。

 しかも、年金については、全員加入の基礎年金の保険料は、原則本人負担分のみであり、60歳未満にしか支払い義務はないから、70歳以上で非正規雇用になると、厚生年金には入れず、追加で年金保険料を払って退職後の年金給付を増やすという選択肢はない。だから、非正規雇用が拡大すれば、シニア就労による保険料徴収拡大も望めない。加えて、04年の年金改革で厚生年金の保険料率は17年以降労使合計で18・3%と固定して、それ以上に企業負担を増やさないと決めたことからも逸脱することになる。

 こう考えれば、企業に隠れた負担を負わせつつ、少ない本人負担でより多くの給付を受けるという社会保障改革は、悪い副作用が大きすぎて、結局シニアを不幸にする。

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