ハンストは、先月22日に始められたのだが、3週間が過ぎた3月14日になってようやく、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長から、「(参加者の)健康を憂慮する」との声明が出た。しかし、中国が調査団を受け入れる可能性は極めて低いため、要求に応じる構えを示さないままだ。*余談だが、この件を伝えた3月15日付の読売新聞の記事には、事実誤認と思われる記述が含まれていたので、ここで指摘しておく。
まず、冒頭の、「中国チベット自治区で中国共産党政府の信仰規制に抗議する僧侶らの焼身自殺が相次いでいる問題で」との記述だが、僧侶らの焼身が相次いでいるのは、「チベット自治区」だけではない。むしろ、チ自治区以外の、四川省、青海省で多発していることは、1ページ目の別表をご覧いただければ明らかであろう。本コラムでは以前、この発生地域こそが、チベット問題における根本問題の一つを指し示していると指摘した。
さらに、「独立を求める急進派『チベット青年会議』」との記述があるが、今日、チベット青年会議という組織が、チベット亡命政府の掲げる「中道のアプローチ(独立ではなく、高度な自治を求める)」から外れて、明確に「独立」を要求している、という認識は、筆者にはまったくない。マスメディアによる、このような記事によって、日本人の間に、チベット問題への誤解が広がる恐れがあることはきわめて遺憾である。
(撮影:編集部)
話を戻そう。この数カ月の間に、欧米の政府要人、議会からは相次いでチベット情勢への懸念のコメントが出された。さらに、「いくつかの議会では、チベットでの人権状況の改善を求める決議がされています」とラクパ代表は強調する。ただし、以前、本コラムでもお伝えしたとおり、欧米のチベットサポーターらからは、「いつも口先だけ。もっと厳しく中国に迫るべき」との批判が出てもいる。
とはいえ、わが国政府や政治家らの「無反応」ぶりを思うと、「口先だけとはいえ、物言うだけまだましではないか」などと思うのは、筆者だけではあるまい。ラクパ代表からの親書を受け取ったはずの野田総理と日本政府が、沈黙したままなのはなぜなのか?
「欧米の政治家は、時折チベット問題を『カード』に使うんですよ。中国との駆け引きということはもちろんですが、自国民に向けて、『人権を重く見ている』というアピールの意味も含めて。中国側からの『圧力』に屈せず、法王と面会したことで国内の支持を上げたといわれる指導者も実際にいますし。私たちは、日本の政治家が、チベット問題をそうしたカードに使ってくださってもいいと思っていますが、そういうことをしないのも、日本人の真面目さのためかな、と思っています」
ラクパ代表の温情的解釈はありがたいが、日本の政治家の無反応は、真面目さのゆえというより、不勉強と政治力の不足によるものにほかならない。
人権問題である一方、人権だけの問題ではない
欧米の政治家らがなぜ、チベット問題に“熱心”なのか? だいぶ前に本コラムでも書いたが、これには3つほどの要因が考えられる。第一には、亡命して半世紀の間に、世界中を味方につけたダライ・ラマ14世法王の卓抜した政治手腕という要因がある。とくに、政治家らの「外交」だけではなく、欧米という異教徒の国々で、一般民衆にチベット仏教の価値を広めた、その広報能力は、当世なかなか右に出るものなしと思われる。