2024年12月22日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年3月23日

 法王の魅力と能力、チベット仏教のもつ魅力は秀でたものではあるが、一方で、チベット問題は重大な人権侵害であり、現代の政治家としては、この問題を看過すべきではないという考えが、欧米の政治家らの“熱心さ”の第二の要因である。これも以前述べたことが、第二次大戦後の世界では、「人権とは、国家、民族を超えて尊重されるべき、人類共通の価値であり、その重大な侵害があった際には、国家を超えた関与があったとしても、内政不干渉の原則には反しない」ということが、国際常識となりつつあるのだ。

資源の宝庫 アジアの水がめ
チベットの覇権を握るのは誰?

 第三の要因としては、上記2点とは趣の異なることを挙げねばならない。国家と国家がそれぞれの国益をかけて鎬を削る今日、チベット問題はその国益争い、とくに将来の国益がかかったテーマとしてもひじょうに重要なのである。

 前篇で、ラクパ代表の話にもあったように、チベットは鉱物資源の宝庫である。加えて、中国国内の二大大河、黄河、長江をはじめ、実にアジア13カ国に流れる主要な河の水源はチベットにある。つまりチベットはアジアの水がめだ。ここを握ることは全アジアの民の命を握ることに等しいといっても過言ではない。ラクパ代表はいう。

ラクパ氏(右)と著者(左) (撮影:編集部)

 「中国人は賢いですよ。彼らの言葉でチベットのことを『西蔵』と呼んでいるでしょ。何百年も前、探査機も何もなかった時代から、西にあるチベットは、多くの財宝が埋まっている『蔵』だと彼らは知っていたんですね」

 その巨大な蔵を今、中国共産党がわがものとしている。しかし、仮にいつの日か、その独裁体制に変化が訪れるとするなら、蔵の覇権を握るのは一体誰なのか? という問題がある。欧米諸国としては、そうした日への備えとして、今から、チベット亡命政府側にもしっかりと『恩を売っておく』というのが本音でもあろう。あえて綺麗ごとを排していえば、チベットのもつ資源は日本にとってもひじょうに魅力的なものではある。

 「日本のもつ技術、日本人の仕事への姿勢はすばらしいものがあります。中国による乱開発の現状とはちがって、日本人が関与してくだされば、もっとよい資源の採掘や活用が可能かもしれませんよね」

 と、ラクパ代表は、あくまで日本に対し好意的な視線を向ける。

 国際社会とはいつの時代も、人権を重んじる「お人よし集団」などではない。実のところは、「欲と二人連れ」であったにしても、その駆け引きのなかで救われる命、守られる人権があるのなら、それでもよし、とする。チベットの苛酷すぎる現状を鑑みれば、そうした割り切りも必要ではないのか。実は数年前、現在閣内にいる民主党の政治家にこの件を話したことがある。驚いた表情で一言、「たいへん勉強になった」といった。誠意ある人だが、国益争いをする政治家としてはナイーブすぎる反応だと感じた憶えがある。

 ラクパ代表はいう。

 「北京の丹羽宇一郎大使が、中国側のアレンジだったとはいえ、チベットを訪問してくださったことを心強く思っています。いくら中国側が都合のいいところだけを見せようとしても、現地に行かれたなら必ず何らか、感じられるものがあるはずですから」

 ビジネスマンとしての経験豊富な丹羽大使、あるいは日本のすべての政治家方には、将来にわたる、より大きな国益展望を描くとともに、やはり人権という人類の普遍的価値をも尊重しながら、チベットを考え、まず一言発言してほしい。そう願うものである。

[特集] 中国によるチベット・ウイグル弾圧の実態

修正履歴
本文2ページ目最終段落に、最新の情報を追記しました。
〔2012年3月23日 21:41〕

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜


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