2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年1月8日

 12月15日のワシントン・ポスト紙の社説は、今回の米中貿易合意を疑ってみるべきだと懐疑論を述べるとともに、トランプ政権の対WTO姿勢を批判している。この社説は、トランプの対中貿易交渉の詰め方や発表振り、WTO等世界貿易に対する姿勢等につき信用が地に落ちていることを示している。内容が曖昧である、何を譲歩し何を獲得したかが明確でない、世界を「永遠の対決」と考えている、WTO 紛争解決制度などを守っていこうとの考えが希薄であること等を批判する。いずれの指摘も当たっている。 

(bobmadbob/iStock / Getty Images Plus)

 しかし、米中が部分的合意に達成したことは歓迎すべきことである。選挙を来年に控えるトランプにとり最初の交渉成果となった。市場は合意発表を歓迎している。2018年3月に始まった米中貿易戦争は世界経済に不必要な問題と歪曲を引き起こしてきた。しかし産業補助金など多くの問題が未解決のまま残っていることも事実である。 

 今後は合意の実施が重要である。米中の発表には、米製品の輸入、米農産品の輸入、関税の撤廃などについて微妙な食い違いが見られる。問題は、ライトハイザー通商代表が述べた来月第一週の文書署名は予定通り進むのか(中国は具体的に言及せず)、文書は双方を拘束する約束文書になるのか、中国は農産品等の大量買い付け(2年で2000億ドル)や知財保護などの改革を合意通り実行するか(既に中国からは不確かな発言もある)、トランプが目論んだ米国の対中貿易赤字は縮小するのか、米国が発動中の関税引き上げはどうなるのか(中国は更なる米国の関税撤回を示唆)、産業補助金など第二段階の交渉は直ぐに始まるのか(もう行われないのではないかとの見方もある)などである。 

 12月13日の米政府発表等によれば、合意の概要は次の通りである。  

⑴文書は全体で86頁、「はじめに」と「おわりに」を含めれば9項目。 

⑵知的所有権の章は、企業秘密、医薬関係知財、位置情報、商標、偽物防止措置につき規定する。 

⑶技術移転の章は、不公正な技術移転に関する中国の義務につき規定。中国は技術移転の強要を終了し、技術窃取のための海外投資をしない。 

⑷農業の章は、構造障害や中国の米産品の輸入拡大、米産品に対する非関税障壁につき規定。 

⑸金融サービスの章は、銀行、保険等サービス貿易に対する貿易・投資障壁につき規定。 

⑹通貨、マクロ政策の章は、競争的通貨切り下げ等不公正な通貨操作の回避、透明性確保などにつき規定。 

⑺貿易拡大の章は、製品、農水産品、エネルギー、サービスにつき中国は向こう2年の間に 2017年の年間輸入額(1700億ドル)を最低 2000 億ドル上回る輸入をする。この対米輸入の趨勢は 2021年後も続くことが期待される。 

⑻紛争解決の章:実施と紛争解決につき規定。定期的な二国間協議の場(幹部、事務両レベル)を設置する。紛争解決手続きを設置、双方に双方が適当と考える対応均衡措置をとることを認める。 

 なお、米国は301条措置を次の通り修正する。対中輸入2500億ドルにかけている25%の関税は維持するが、スマートウォッチ等1200億ドル(第四弾9月実施分)の対中輸入品に対する税率を15%から7.5%に引き下げる。ノートパソコンなど第四弾残余で15日実施予定の1600億ドルへの課税発動は見送る(中国も15日発動予定の報復関税発動を見送る)。 

 中国の貿易慣行や貿易関連国内政策には種々の問題があり、是正を求めていくことは全ての国がやっていかねばならない。必要があればWTOの紛争解決に掛けていくべきだ。そのためには上級委員会を早急に機能回復させる必要がある。「米国や世界の貿易国にとっての問題は、モノやサービスの貿易が段々と経済判断ではなく権力政治により形成されるようになっていることだ」とのワシントン・ポスト紙社説の指摘はポイントを突いている。

  
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