WEDGE REPORT

2020年10月7日

»著者プロフィール
著者
閉じる

小泉 悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)など。
 

 ロシアといえば世界に冠たる宇宙大国のイメージが強い。国際宇宙ステーション計画では、ロシアは米国と並ぶ中心的な存在であり、そこに宇宙飛行士を送り込む有人宇宙輸送手段もロシアのソユーズ宇宙船が独占してきた。

今年4月、バイコヌール宇宙基地で打ち上げられた有人ロケット「ソユーズ」 (ANDREY SHELEPIN/NASA/ZUMAPRESS/AFLO)

 ただし、近年では潮目が大きく変わってきた。米国での技術革新によって「ロシアにできないこと」の幅が広がる一方、インドなどの台頭で「ロシアにしかできないこと」の幅は狭まりつつあるためである。

 前者の代表は米国のスペースXが開発した再使用型ロケット「ファルコン9」だ。自分でブースターを逆噴射させながら着陸し、整備後に再び使用できる革新的なロケットである。そして「ファルコン9」の登場で、ロシアの主力ロケット「プロトン−M」は衛星打ち上げ市場におけるシェアを完全に奪われた。かつては最大で年間12回もの衛星打ち上げを行っていた「プロトン−M」の2020年の打ち上げ予定はわずか1回と激減している。国営宇宙公社「ロスコスモス」のロゴジン総裁は、「打ち上げ市場は宇宙市場全体の4%を占めるに過ぎず、シェアを奪還しようとは思わない」と述べているが、ロシアの開発能力で競争の激しい衛星サービス市場でどこまで生き残りを図れるのか、疑問視する声が多い。

 伝統の有人宇宙飛行技術も、苦しい立場に立たされつつある。中国が独自の有人宇宙飛行に成功したのが03年。今年5月にはスペースXが成功させ、インドも21年を目標に有人宇宙飛行を計画している。

 次に軍事面に目を向けてみよう。ロシア軍は航空宇宙軍傘下に宇宙部隊を擁し、軍事衛星の打ち上げから運用までを全て自前でこなす能力を持つ。特に15年に始まったシリア作戦では、ロシア版GPSと呼ばれるGLONASSが初めて大々的に投入され、部隊が自分の位置を把握したり、爆弾や巡航ミサイルによる精密攻撃を行うことが可能となった。

 ただ、この程度の軍事宇宙利用は1991年の湾岸戦争でも米軍が実施していたから、ロシアの宇宙作戦能力はおよそ四半世紀遅れで米国に追いついたということになろう。数の上でもロシアの軍事衛星は米国に対して圧倒的に劣勢であり(下図)、個々の軍事衛星の性能でも多くの面で米国にはかなわないと見られている。

(出所)USC Satellite Database,Union of Concerned Scientists,2020.4.1 (注)軍事作戦の支援に投入可能な民間衛星は含まない 写真を拡大

 そしてロシアの経済力や科学技術力が抱える制約を考えれば、近い将来にロシアの軍事宇宙作戦能力が米国に追いつくことは想定しがたい。

 そこで注力しているのが、自らの能力を引き上げるのではなく、敵の能力を引き下げる方法である。このような発想は新しいものではない。冷戦期のソ連は軌道上で米国の軍事衛星に接近して自爆し、これを破壊する攻撃衛星(いわゆるキラー衛星)技術を熱心に追求し、ソ連末期には実戦配備していた。

関連記事

新着記事

»もっと見る