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WEDGE REPORT

2020年10月7日

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小泉 悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター 専任講師

1982年生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員などを経て現職。専門はロシアの軍事・安全保障。

米宇宙軍が警戒する
ロシアの不審衛星

 冷戦後、このような攻撃的宇宙プログラムは中断されたが、2010年代に入って状況が変わった。ロシアの衛星が他の衛星に近づいたり離れたりといった不審な動きが観察されるようになった。特に今年1月にはロシアの「コスモス2452」が米国のKH−11偵察衛星に最短100マイルの距離まで接近したとして、レイモンド米宇宙軍司令官が「異例で、混乱を招く振る舞い」などと発言する事態になった。

 その目的はいくつか考えられよう。冷戦期のキラー衛星と同様、敵国衛星の物理的破壊(ハード・キル)を狙っている可能性がその第一である。ロシアは地上から発射する対衛星攻撃用ミサイル「ヌードリ」の実験を繰り返しているともされ、有事に衛星を破壊できる能力を追求していることは間違いない。ただ、衛星を破壊すればその破片は大量のデブリ(ゴミ)となって軌道上を長期間漂い、宇宙利用を阻害する。第三次世界大戦でも起きれば別だが、シリアやウクライナにおけるロシアの軍事活動を米国の軍事衛星に察知されないためにいちいち衛星を破壊することはちょっと考えにくい。

 他方、衛星を破壊するのではなく、センサーだけを無力化したり、妨害するという方法(ソフト・キル)であれば敷居はずっと低い。ロシア国防省は19年に打ち上げた実験衛星を使って「宇宙空間における人為的・自然のファクターが宇宙機に与える影響の調査」を行っていることを明らかにしており、宇宙空間での衛星妨害が視野に入っていることは明らかであろう。また、ロシアは地上に設置した装置を使って、衛星と地上の間での通信を妨害(ジャミング)したり、GPS受信機に偽電波を送り込む(スプーフィング)技術を実用化している。

 第三の可能性としては、敵国の衛星を偵察する「衛星スパイ衛星」が考えられる。多くの国は軍事衛星の正確な性能を把握されないよう、その外観を機密指定している。そこで「衛星スパイ衛星」を接近させれば、機密のヴェールを相当程度剥ぎ取ることができるというわけだ。前述した「コスモス2452」について、ロシア国防省は「自国の衛星の技術的状態を調査する目的のもの」としているが、「自国の衛星」を「外国の衛星」に読みかえれば、すなわち「衛星スパイ衛星」そのものということになる。

 一方、「ロスコスモス」は外国の衛星が接近すると太陽電池パネルを半球形にして外観を分かりにくくする技術の特許を19年に出願した。レーダーとステルスのイタチごっこのような競争が、今後は宇宙空間でも繰り広げられるようになるのかもしれない。

 ロシアはすぐにでも「宇宙戦争」を始めようとしているわけではない。と同時に、宇宙空間は間違いなく軍事作戦の「領域(ドメイン)」になりつつある。ロシアのシリア作戦が示すように、今や宇宙空間は大気圏内での軍事作戦と一体の空間なのであり、そうである以上は物理的破壊を除くあらゆる軍事活動(例えば偵察、妨害、欺瞞(ぎまん)等)が展開されるようになるだろう。

Wedge9月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
宇宙が戦場になる日
PART 01         月は尖閣、火星はスカボロー礁  国際宇宙秩序狙う中国の野望
PART 02         遠のく米中の背中  ロシアの生き残り戦略   
CHRONOLOGY  新たな文明を切り拓くカギ  各国の宇宙開発競争の歴史と未来  
PART 03         盛り上がる宇宙ビジネス  日本企業はチャンスをつかめ    
COLUMN         地上と同様、宇宙空間でも衛星を狙うサイバー攻撃
INTERVIEW      「宇宙」を知ることで「地球」を知る   山崎直子(宇宙飛行士) 
PART 04         守るべき宇宙の平和  日本と米国はもっと協力できる 

  
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◆Wedge2020年9月号より

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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