近現代史ブックレビュー

2021年9月16日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。
戦争はいかに終結したか
二度の大戦からベトナム、イラクまで
千々和泰明 中公新書 1012円(税込)

 本書は戦争の終結をめぐって第一次世界大戦以来の現代の6つの戦争を扱った著作である。ただ、ここでは紙幅の関係もあり、第二次世界大戦のアジア太平洋戦線のみを扱うことにしたい。本書が日本終戦史に新しい重要な1ページを加える著作だからである。

 日本終戦史については、正確な資料に基づかぬかなり問題のある著作が多く出ている。その典型は、例えば以下のようなものである。

 1945年7月、日本の降伏を求めて発せられたポツダム宣言は、アメリカにとってはソ連に先んじて原爆を使用することが目的であった。そのため、天皇制を存続させることを宣言に取り入れると日本が受諾し原爆が使えなくなるので、わざわざ原案にあった天皇制の存続保証を(ポツダム出発の3日前に着任した)バーンズ国務長官が削除して発した。

 これをバーンズ修正というが、これはかなり広汎に流布されている説とも言えよう。

 こうした日本終戦史をめぐる不正確な説に、正確な根拠に基づいて反論にあたる内容を書いたのが本書である。言うまでもないことだが、問題なのは正確な史実の確定であって、結果が反アメリカ的なものになるか親アメリカ的なものになるかは別であり、実際両義的なものになっている。

 著者は言う。天皇制の存続保証をバーンズ国務長官が削除修正したことは事実である。そうすると問題は修正の真因は何か、ということになる。

 天皇制の存続が不明確なポツダム宣言に対する日本からの存続確認の要求に対して、バーンズの主張に基づき「降伏の時より、天皇及び日本国政府の国家統治の権限は(中略)連合国最高司令官の制限の下に置かれる(subject to)ものとす」という著名な回答が起草された。

 それは、トルーマンの承認を得てイギリス・重慶・ソ連の同意を取り付け8月11日に発出された。前述のように、世の中には、アメリカはソ連参戦に先んじて日本を降伏させるために急いで核兵器を使用したと主張する人がいるが、もしそうだとしたら、ソ連軍の侵攻範囲が拡大する中でソ連の時間稼ぎに利用される危険性を犯してまで、アメリカはここでバーンズの回答に対しソ連の同意を取り付けたりなどするだろうか。

 これは、重大な指摘であるが、そもそもバーンズ修正の背後に何があったのかの解明につながる。

 バーンズ修正の背後には、アメリカ国内を覆う天皇処刑論が存在したのである。

 日本への降伏勧告実施プランは、5月28日、米軍の攻撃による宮城の明治宮殿消失にショックを受けた国務次官グルー(前駐日大使)のトルーマン大統領への進言で始まる。それを受けたスチムソン陸軍長官らの手で、無条件降伏政策を修正したトルーマンあて覚書(7月2日)などでそれはまとまるが、そこには天皇制存続条項が含まれていた。

 しかし、6月29日の米ギャラップ社の世論調査では日本降伏後の天皇の処遇についてアメリカの世論の33%が処刑、37%が裁判・終身禁固・流刑を求めており、天皇制存続を容認する意見はわずか7%しかなかった。

 国務省内でも天皇制存続に対する懐疑の声が強くマクリーシュ国務次官補は7月6日バーンズに提出した覚書の中で、天皇制が将来また日本の「戦闘的愛国主義者」などによって利用され、アメリカにとって脅威となる危険性を指摘している。

 さらに、7月16日にはコーデル・ハル元国務長官がバーンズに、天皇制存続が「アメリカで恐るべき政治的反響」を起こすことを警告した。

 アメリカのような世論・選挙に大きく依存する国の政治家が世論に(さらには国務省にまで)反対して天皇制存続を容認するわけにはいかなかった。こうして7月23日にトルーマンが中国の蒋介石にポツダム宣言の最終草案を送付した時点で、天皇制条項は削除されたのであった。

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