近現代史ブックレビュー

2021年7月16日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載はこうした状況を打破するために始められる、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。
辻政信の真実
失踪60年─
伝説の作戦参謀の謎を追う

前田啓介 小学館新書 1210円(税込)

 辻政信は戦前の日本の軍人の中でも最も著名な人物の一人である。また最も謎の多い人物でもある。陸軍士官学校事件、ノモンハン事件、日米開戦、マレー半島作戦、ポートモレスビー攻略作戦、ガダルカナル島作戦、「潜行三千里」、選挙戦の圧勝と国会議員活動、ラオスでの失踪、など話題には事欠かない。その辻についての最新の評伝が本書である。

 辻についての評伝としては、最も早いものとして古典と言ってもよい杉森久英の『辻政信』があり、続いて堀江芳孝『辻政信』、多々宮英太郎『参謀辻政信・伝奇』などが出てきた。最近もいくつか書かれているが、最近のものはこれまでのものをなぞったにすぎないものばかりで新しい発見はなかった。

 それに対し、本書は読売新聞金沢支局勤務の著者が石川県版に連載したものだけに、今までにない多くの資料や取材によって、幾多の新しい事実を明かにしている。

 とくに辻の母・もとから多くのことを聞き取った弟・政良による聞き取り記録『喜寿の戯言』は重要だ。例えば杉森の評伝では、辻は陸軍幼年学校を受けたが不合格、補欠のため大阪で回船問屋に勤めたと記述されているが、合格していたことが初めて明らかにされている。著者が官報を調べて順位まで確認しているのも信頼性を高めている。

 辻の父は炭焼きであったが、その家は浄土真宗の「道場」であった。小学校の成績がずば抜けてよかった辻が上の学校に行くことの困難さ、そうした中入学した陸軍幼年学校が首席であったことへの家族の喜び、そしてその学資のため父が早く過労死したことなどが描かれている。

 陸軍士官学校事件で、辻のために皇道派青年将校の中に送り込まれた佐藤勝郎の後半生が同期生会関係資料等により初めて詳細に明らかにされているのも貴重だ(拙著『陸軍士官学校事件』中公選書参照)。佐藤については、戦後辻のベストセラー書の出版社におりながらその収益を持ち逃げしたなどというずいぶんひどいデマも流されていたのである。

 ノモンハン事件に関しては、半藤一利氏の明白な誤りを指摘している。辻はノモンハンについての著書の中で、事件当初、関東軍の「幕僚中誰一人ノモンハンの地名を知っている者はいない。眼を皿のようにし、拡大鏡をもって・・・・・・ようやく探し出した」と書いているが、半藤氏は「でたらめもいいところで、例によって辻のつくり話かとおかしくなる」と批判している。

 半藤氏は雑誌『歴史と人物』のノモンハン戦についての関係者座談会でもこの批判を行っているが、座談会では第23師団の鈴木善康情報参謀が「参謀本部作成の地図には、もともと地名は一つもありません」と反発していたと著者は指摘している。そして、著者は、関東軍作戦参謀・島貫武治少佐ら参謀たちは、ノモンハンという場所が「事件の起こった時点ではどこにあるのかよくわからなかったのは事実です」「一体ノモンハンは何処かということになったが、誰も知っているものがない。作戦参謀の辻政信少佐が、軍司令部にとんでいって、三時間ばかり地図と首っ引きでこの地点を漸く探し出す始末」と証言していることを明かにしている。

「でたらめもいいところ」はどうやら半藤氏のようだ。

 このほか、関東軍の参謀たちが「あの時の責任を辻君だけに押しつけるべきではない」「辻君ひとりが独走した印象が強く、よくそんなふうに言われますが、実際はそんなでもないんです」と言っているのを著者が取り出しているのも貴重である。何かある問題が起きるとその原因を一人の人に帰するとわかりやすくなるため往々にして人はそうした記述を行いがちなのだが、それでは多くの人間の意志の複合体としての歴史的事件の真実からは遠ざかることが多いのである。

 辻のベストセラー書『潜行三千里』に初版とその後の版との間に異同があることが指摘されたのも得難い。

 辻は石原莞爾に接してからは、アジアの平等と連帯を説くその東亜連盟の思想に傾倒し、その結果建国大学を作り東亜連盟を説いた「派遣軍将兵に告ぐ」を支那派遣軍に布告するなどしたが、それは東条英機陸相の禁じるところとなった。しかし、戦後も東亜連盟的なものは強く生き残り、辻も戦後各所でそれを説いており、辻の戦後の復権の背後にそれがあったことは忘れられがちな真実である。本書はそのあたりがよく描かれているし、また、それとの関連で石原と東亜連盟の思想を信じ辻とも親しかった三品隆以の教養ある人間像が明らかにされたのも本書が初めてでありユニークである。

 上海事変の際、捕虜になり日本側に帰還後自決した空閑少佐事件の際、空閑自決の要因を作ったとして世間から理不尽に指弾されていた尾山豊一大尉を、辻が一人雑誌や講演で擁護、このことを恩にきた尾山が戦後辻の選挙戦に力を尽くした経緯も詳しい。こういう支持者を得るところがなければ選挙など勝てないだろうと思わせられるのである。
この選挙で辻は、陸軍の作戦用務令と歩兵操典を応用すると言ったというが、近代的な集団の機能的組織というものは基本的にほとんど軍隊をモデルにして構築されているのだから当然とも言えよう。選挙後、辻の選挙選勝利の要因を当時の共産党が分析し、前回選挙の共産党票・経営労働者票を奪われたと結論づけているのも興味深い。

 そのほか、戦後の潜伏生活の様子や失踪することになる東南アジア旅行の目的・経緯などについても新資料を用いて明らかにされていることが多く、大きな意義を持っている。

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