2025年3月25日(火)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2025年2月21日

 ──116カ国を渡り歩いた男の、最後の戦場が決まった。

 僕は商社マンとして長年、世界を旅してきた。アフリカの鉱山ではタングステンやタンタルの鉱脈を発見し、中央アジアではチタンの取引をまとめた。ベトナムの奥地ではレアアースの採掘権を巡って交渉し、南米ではリチウムの市場価格を動かす舞台裏を見てきた。

 旅の中で、多くの人々と出会い、そして別れた。彼らは皆、生きるために必死だった。銃弾が飛び交う紛争地でも、資源を求めて砂漠を越え、密林を進んでいた。欲望と生存本能が交錯する世界の中で、僕も生き抜いてきた。

 だが、今回は異なる。僕が戦う相手は、どんな商売敵よりも狡猾で、どんな山師よりもしぶとい。「がん」──それも、大腸がんのステージ4。

(Heather Paul/gettyimages)

宣告

 昨年の暮れ、CTとMRIの画像を見た医者は静かに告げた。「肝転移と肺転移があります。大腸がんのステージ4です」

 ステージ4──戦場で言えば、敵に包囲された状態だ。肝臓、肺、リンパ節に転移が広がっている。これは単なる局地戦ではなく、全身戦争だ。

 医者の説明は冷静だった。「ゼロックス療法(カペシタビン+オキサリプラチン)とバハシズマブを組み合わせた治療を提案します。これは進行がんに対する第一選択肢です」

 僕は黙って聞いていたが、内心では笑っていた。──なるほど、抗がん剤でまずは手を打つか。

「ただし、副作用もあります。末梢神経障害、倦怠感、血栓リスク……特にオキサリプラチンは、しびれが長引くことが多い。バハシズマブは血管新生を阻害するため、傷の治りが遅くなります」

 医者の声が遠のく。僕は、この戦いのルールをすぐに理解した。

「で、どれくらい持つ?」

 僕の問いに、医者は一瞬黙った後、言葉を選んだ。「統計的には……5年生存率は15%程度です」

 15%──商社時代なら、そんな低確率のディールには絶対に手を出さなかっただろう。だが、これはビジネスではない。僕の命の話だ。

 即答した。「やる。だが、僕のルールでやらせてもらう」

戦闘準備

 戦うなら、徹底的にやる。まず、最新のエビデンスを調べた。

 ゲノム解析による個別化医療。がん細胞の遺伝子変異を解析し、最適な分子標的薬を選ぶ──これは興味深い。標準治療に加え、こうした最先端の技術も視野に入れる。

 米国には、この分野の先端を行く医療機関がある。MDアンダーソン、メイヨークリニック、メモリアル・スローン・ケタリング……必要とあれば、どこへでも行くつもりだ。

 僕のネットワークを使えば、情報はいくらでも手に入る。今回お世話になる、日本最高峰の医療機関の知見をフルに活用しながら、この戦争を自分の戦略で戦う。


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