「全国旅行支援」が始まり、今年の秋は京都旅行に国民が殺到することは確実である。また超円安の影響からインバウンドの観光客が予想される。そんなことで今年は早い者勝ちになるから、今年の紅葉観光の計画があるなら急ぐに越したことはない。
私も一足先に、3つの老舗旅館に1泊づつの宿泊してみた。私は純粋な京都生まれの京都人で京都に実家があるからわざわざき京都の老舗旅館に泊まるという発想はなかった。
それは妻の要望だった。その理由を聞いてみたら合点がいった。妻は、私の実家に来ても実家のお手伝いばかりでゆっくり京都の休日を楽しんだことは一度もなかったのである。いわば御三どん(女中さん)をするために盆暮れや子どもたちの春休みや夏休みに京都に来ていたのである。ということで二つ返事で京都旅行にゆくことになった。
善は急げと旅行代理店に駆け込んだ。聞いてみると、老舗旅館は予約が取れないことが分かった。それでも2時間ばかり粘って奇跡的に予約ができた。旅行代理店に日程は何時でも良いから任せると条件をつけなかったのが良かった。その代わりに出発日は2日後だった。旅行代理店では結構待たされたが、その間に偶然キャンセルが出て何とか予約がとれたのかもしれない。
さて、いよいよ本編に入りたい。今回のエッセイで書いてみたいのは、老舗旅館から「付加価値のつくり方」を学ぶということだ。
私は今回、大きくわけて4つのポイントから老舗旅館を個人的に評価してみた。
①人的要素
これは、一言で言えば「もてなしの心」である。具体的には、服務、哲学、もてなし、女将、仲居、男衆、時間管理、会話力、気遣い、対応力、多様性、説明力、教育。
②部屋としつらえの要素
具体的には、広さ、ベッドと書斎、お風呂、清潔感、しつらえと匂い。
③食事の要素
夕食、朝食、お酒、新鮮度。
④価値観の要素
雰囲気、季節感、センス、アメニティー、庭園の意匠性、伝統と歴史。
妻と、5点満点で採点してみたが、それぞれ甲乙つけ難いということだった。言うまでもないが、それほど一つひとつのレベルが高いのだ。
「こだわり」が顧客を生む
具体例をあげると、まずは「湯豆腐」。ありふれた料理だが、その深掘りの仕方が半端ではない。豆腐、水、出汁、どれも専門店に引けを取らない。そしてお風呂は「高野槙」だ。香りの高さでは檜の上を行くと言ってもよい。加えて居住空間は、子どものころ家の中で狭い空間に籠ったときのなんとも言えない安心感、そんなことを思い出させてくれる落着きを与えてくれる。他にも、磨き込まれた「ガラス」、私自身、そこにガラスがあるとは気が付かずに手をぶつけてしまった。
このように例を挙げればキリがないのだが、要するに、妥協しない徹底的に深掘りしていると言える。
黒子のようなサポート役もいる。古い数百年の設え(しつらえ)を維持するのは大変だ。京都人なら知っている人も少なくないだろうが、「洗い屋」という職人さんが存在する。宮大工の仕事は神社仏閣を残すことだが洗い屋の仕事は何も残さない仕事である。木桶や家具や部屋についた手垢や脂汚れを酸アルカリで拭いとる仕事である。然も硫酸や苛性ソーダの濃度をベロで覚えるという身体を張った仕事である。こんな職人さんは京都にも数軒しか残ってないかと思う。
こうした姿勢は代々受け継がれてきたものである一方で、日本企業が得意とする「良いモノを安く提供する」こととは一線を画している。
実は、私自身、若い頃はこのような京都文化が好きではなかった。上から目線であるし、排他的な感じもする。しかし、年齢を重ねると、まるで熟成したワインのようにその良さがわかってくるのだ。逆にいえば、老舗旅館は「神は細部に宿る」を地で行く形で、暗黙のうちに価値が分かる人に来てほしいということを物語っているのである。
徹底的な「こだわり」があるからこそ、その価値が分かる顧客がついてくる。私のビジネスで言えば、徹底してレアメタルにこだわってきたわけだが、日本の総合家電などを見ていると、総合であるがゆえに、何かにこだわる、つまり、尖った商品やサービスを生み出せなくなってるのではないかと思えてくる。