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2021年1月13日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 1930~40年代と現代の類似性が高いことが指摘されることが多くなってきた。何かにつけてすぐにこうした例えを持ち出すのもどうかと思うところもあるが、今般は、やはりかなりの程度それが当たっている点があることは否定できないであろう。一方で、議会制民主主義や言論の自由などの「自由民主主義」を否定した「全体主義」体制の政治が世界のあちこちで行われ、それがある程度の成功を収めているように見られる。

2020年の流行語大賞にもなった「3密」や「STAY HOME」。コロナ禍で「スローガン」が世にあふれている (nidwlw / ke/iStock / Getty Images Plus)

 他方で、議会制民主主義体制をとる国では大衆に対するマスメディアなどの操作を通じたポピュリズム政治が盛行し、そこからも議会制民主主義=自由民主主義に対する懐疑が広まりつつあるように見られるからである。

 中国が、新型コロナウイルス感染症の発生地であると見られながらあっという間に感染者を抑え込んだとされ、海外に対して断然優位に立ったことは大きく、それに対して米英などの欧米諸国がいまだに多くのコロナ感染者に苦しめられていることはそうした事態を象徴的に示しているといえよう。

 30~40年代、ヒトラーのナチスドイツやムッソリーニのファシスト党のイタリア、スターリンの共産党支配のソ連など多くの国で全体主義政治が行われ、それが成功したと見られ、英米仏など議会制民主主義国ではなかなか経済が回復せず大きな苦境に見舞われ、ここから結局は第二次世界大戦に至ったという史実がこの危機感に説得性を増している。

 とくに、当時ドイツでアウトバーン建設などにより経済が回復し大量の失業者がなくなり、ソ連でも5カ年計画が成功して国力が増強しているように見られたことは大きい。そこから経済成長の活発な現在の中国のことを思い浮かべる人も少なくないようだ。

 30~40年代と違う点として、当時はマスメディアがポピュリズム形成の大きな要因であったが、現在はSNSなどのソーシャルメディアの過激な主張がこの傾向を助長し、事態はいっそう悪くなっているという見方もある。

 そうした中、冬を迎え、最近あらためて新型コロナ感染者の数が増えており、この先を憂慮する人も多い。我々はこうした事態に対し、今後どういう態度で臨めばいいのか。これを考えるために、ここでは新型コロナの問題が大きくなって来た2020年春以降のことを思い起こし、そこから30~40年代との類比性という視点に絞って問題点を考察していくことにしよう。

 春から欧米の多くの国でロックダウンのような事態が続いた中、従来、「緊急事態宣言」のようなものを率先して出す人のように見られていた安倍晋三前首相は、意外にも大分遅く4月になって「遅きに失した」と報じられる中でそれを発出した。さらにその後、「人との接触機会を8割減らすように」ということも言われた。

 その背後には、政府の専門家会議のメンバーが何度もマスメディアに出てきて、「対策がなければ42万人が死亡する」という数字を出したということがあった。新型コロナは未知の感染症だったため、当時の混乱は致し方なかったとしても、この衝撃は大きく、各メディアはどれもこれを大きく報道。とくにテレビのワイドショーの報道はすさまじく、連日のように欧米の惨状が映し出され、「2週間後には東京もこうなる」としきりに言われたのだった。

 それからは、営業店舗への嫌がらせや感染者・医療従事者へのいじめと差別といった「自粛警察」とも言われた恐ろしいまでの過剰同調事態が続いたことは周知のことだろう。その同調圧力のもとに異論と懐疑の声は打ち消されていったのである。

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