近現代史ブックレビュー

2021年8月16日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載はこうした状況を打破するために始められる、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。
歴史探偵
昭和の教え

半藤一利 文春新書 924円(税込)

 今年亡くなられた半藤一利氏が最近書かれた単行本未収録の文章をまとめたのが本書である。私も生前、多少接しさせていただいたが、半藤氏は気さくな人柄のいい方なので亡くなられ多くの人に惜しまれているし、映画化された読みやすい終戦史『日本のいちばん長い日』(文春新書)をまとめられた功績も大きい。

 しかし、言うまでもないことだが歴史の研究とお人柄は別であり、亡くなられた方に申し訳ないが、書かれたものはあくまで正確な資料に基づいた客観性を基準にして評価するしかないものである。

 本書の巻頭には2年前に『文藝春秋』に掲載された「二・二六事件『宮城占拠計画』の謎は解けた」が掲載されている。大体短いものが多い本書の中では例外的に長い。評者は、これを『文藝春秋』掲載時に読んで驚いたが、まさか本にまで入るとは思ってなかったので二度目の驚きである。どこに驚いたのか、説明していこう。

 二・二六事件に関する皇宮警察関係の新資料が出てきたということから、論評を求められた半藤氏が書かれたのがこの文章である。ここで半藤氏は次のような主張をしている。1960年代に松本清張の『昭和史発掘』の編集を手伝ったが、そこで松本清張は初めて二・二六事件の際、青年将校には宮城占拠計画というものがあったとことを明らかにした。その後自分は、1986年に当時まだ生き残っていた青年将校たちを集めて『文藝春秋』誌で座談会を行った。その際、青年将校達から確かに宮城占拠計画があったことが述べられた。

 それを中心的に担っていたのは近衛歩兵第三連隊の中橋基明中尉であった。中橋中尉は坂下門の警護につき部分的には宮城占拠を実行したのだが、怪しまれて脱出、結局占拠は失敗に終わった。

 これを半藤氏は一部疑問を感じつつも長い間信じていたのだが、今回出てきた皇宮警察関係の資料を見て次のように考えが変わった。宮城占拠計画というのは、考えたほど大変なものではなかったのではないか、すなわちもともと青年将校たちは宮城占拠を全面的に実行するつもりではなかったのではないか。

 天皇の周辺には本庄繁侍従武官長がおり、その娘婿の山口一太郎大尉は中核ではないが青年将校グループの一人だった。青年将校たちはこの本庄侍従武官長・娘婿山口一太郎大尉というラインがあったので、事件を起こせば天皇は味方をしてくれるだろうと想定していた。だから、宮城全面占拠などという大それた行動を起こす必要はないと考え実行しなかったのだ。

 これが半藤氏の「新しい『二・二六』観」であり、また私の驚いたところである。というのも実はこれは「新しい」説でもなんでもなく、私が40年くらい前に明らかにしたことだからである。

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