ショーゼン うん、読み手のこだまさんとのぞみさんが「桜」にしっくり来てくれたなら、この句はいい句だと言っていいと思う。
桜について誰もが思い出すイメージというものがあるよね。たとえば西行。
願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃
こだま この「花」は桜だと言われていますよね。梶井基次郎は「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と言い、坂口安吾も桜の森に鬼を棲まわせました。
ショーゼン 桜は日本人が愛してやまない春告げ花でもあるし、一瞬で散り去る儚げな美しさもある。桜の森の満開なら、狂い咲きの妖しさも漂う。だから桜に魅せられた古今の作家たちは桜を描き、それが現代に生きる僕たちの教養の一部にもなっている。
そんなふうに折り重なった桜のイメージを思い浮かべながら、僕はこの日本で思い切り生きてきた人生を詠んでみたんだよ。
こだま この「桜」は「動かない」。
のぞみ 動かない?
ショーゼン 動かないっていうのは、その言葉でしかあり得ないということ。もし「桜」を「椿」に変えても句全体の印象が変わらなかったら、「桜」でなくてもいいじゃないか、ということになる。それは「動く」からよい句ではないんです。
のぞみ でも「椿」の句もきれいな情景が思い浮かぶし、この二句を別々の作品と考えたらどうでしょうか。
ショーゼン せっかく作った句を自分でボツにするのは誰でも嫌なものです。でもね、迷った言葉をエイッと決断していくことも、川柳詠みの才能ですよ。よい句の言葉はひとつとして動かないことをよく覚えておいてくださいね。
のぞみ 厳しいなあ~。でも、そんな句が作れたら自信がつきそうです。
満開の今なら、「桜」が動かない句を詠めそうな気がする! 近くの公園にお花見行ってきま~す!!