ぼくは小川さんほど生き物、昆虫という方面にまでは自分の農園の価値を広げられてはいない。それでも畑にはいろいろなものが植わっていて「これもある、あれもある」はひとつの価値だと思うんですよ。ファンタジー有機では「多品目でなければいけない」と言われているから、深く考えずにそのままやった結果で、栽培合理性からそうなったわけではないんですけどね。でもレストランの人たちが農場に見に来てくれるようになって感じるのは、たとえばニンジン単作だったら、話題が一時間ももたないよね。
多品目を売るとき、競争相手は農家ではなく八百屋さんになる。品揃えの勝負です。小川さんほどじゃないけどね(笑)。 ブラインドテストでも「久松の野菜だ」と当ててもらえるものを作ろうとは思いますよ。でも畑で、葉っぱもついたまま植わっているものにいちばん「価値」がある。その価値の一部しか消費者には伝わっていないし、言葉にもできていないけど、感度がある人は来てくれる。それで「勝ち」なんですよね。
畑まで来てもらってプレゼンすれば、かなりの確率で口説き落とす自信があります。そのときに「有機」というファクターが効いてくる。「健康なものは育つし、健康に育たなかったものは途中で死んで土になる」という説明が、来てくれた人の胸を打つんでしょうね。
でもこの価値はまだマネタイズできていない。やっぱり「野菜」として売っちゃっているから。俺が売るべきものは本当に「野菜」だけなのか? とよく考えますね。最近は飲食店の店づくりの企画にも一部参加させてもらったりもしています。面白いですよ。これもまた野菜の付加価値ですよね。
ただそうやって生産量を増やしていって、社員を増やしていくことが本当にいいのか? と考えてしまうんです。もっと売るものほかにあるんじゃないのか? たとえば畑に来ることそのものをサービス化するとか、まだアイデアにはなっていないんですが。
小川幸夫(おがわ・ゆきお)
1974年千葉県生まれ。ファーム小川代表。自称ビオバウアー、人呼んで農業界のムシキング。慶應大学経済学部卒業後、農業機械メーカーを経て、柏市にある実家の農場を継いで就農。約1.2haの畑でトマトやナス、イチゴやブルーベリーなど100種類以上の品目を栽培する。新しい品種、環境負荷の小さな栽培法を求めて農場で実験と実践を繰り返す研究家。
久松達央(ひさまつ・たつおう)
1970年茨城県生まれ。久松農園(http://hisamatsufarm.com/)代表。慶応大学経済学部卒業後、帝人に入社。98年に退社後、1年間の農業研修を経て99年に土浦市で独立就農。年間50品目以上の旬の有機野菜を栽培し、会員消費者と都内の飲食店に直接販売している。ビデオブログやSNSを駆使しての情報発信や講演活動も旺盛に行う。9月中旬に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)を刊行予定。
*第2回へ続く
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