これに対し、大統領の動きと反比例するかのように、ガイトナー長官は表舞台での影が薄くなった。長官は、もともと裏舞台での交渉手腕が評価されてきた人物だ。民主党関係者は、「経済専門家としての仕事と、国民に訴える政治活動は、別々の才能が必要だ」と話し、ガイトナー氏に国民へのアウトプット能力を期待するのは酷だ、と語る。
大統領は、この局面は自分がセールスマンになろう、と心に決めたのではないか。平易な言葉で訴える「オバマ節」の説得力は、天性の才能と訓練の賜物だろう。弁舌だけでなく、世論の揺らぎに瞬時に反応する感性も、そう簡単に多くの人がマネできる資質ではない。
しかし、これだけ厳しい経済問題に直面する政権にセールスマンがたった一人では、今後の戦力が不安だ。超大国・米国の経済動向は、判断を間違えば世界中に未曾有のインパクトを与えることは、昨秋来、立証済みだ。世界中のどの政権もこれまで敷いたことがない態勢が求められている。
さらに、大統領一人が語り続けると、肝心の言葉が軽くなっていくことにも注意が必要だ。
2007年まで10年間宰相の座にあった英国のブレア前首相は、前半の全盛期はその弁舌のうまさと鋭い感性で国民の熱烈な支持を得ていた。だが、 世論を二分したイラク戦争参戦を転機に、人気は急落していった。ブレア氏一人が参戦の正当性を主張して流暢に語れば語るほど空疎さが増し、国民に飽きられ、疎まれるようになった。
毎日目を通す10通の手紙などから感じ取る外の世界を、オバマ大統領は「実世界(the Real World)」と呼ぶという。政権は間もなく発足80日を迎えるが、実世界へのアウトプットに秀でたセールスマンを何人揃えられるか、実は大統領にとっ て、すでに悩ましい問題になっているのかもしれない。
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