2024年12月21日(土)

研究と本とわたし

2013年8月26日

――そんななかで、人生のターニングポイントとなるような本との出会いはありましたか?

住氏:それは大学時代にありました。自分の意識が目に見えて変わったという意味では、學藝書林の『現代文学の発見』(全16巻、別巻1)というシリーズはすごいと思いました。これは、大岡昇平、佐々木基一、平野謙、埴谷雄高、花田清輝という5人が責任編集を務めた文学全集です。いろいろなトピックごとに、文学作品を集めてありました。このシリーズで多くの作家の名前を知りました。

 高校までは、人と付き合うということが煩わしくて嫌でした。相手の気持ちとか、いろんなことを考えないといけないわけでしょ。その辺が面倒で鬱陶しいなと思っていました。でも、このシリーズを読んで、突然、人間の持っている面白さに気づいて、人間というものに対する興味が湧いてきて、それ以降は人と付き合うのも面白く思えるようになりました。

――他に、大学時代で印象に残っている本はどんなものがあるでしょうか?

住氏:石川啄木の『ローマ字日記』(岩波文庫)。啄木が23歳で家族を残して上京して生活していたときの日記が1冊にまとめられたもの。学生時代って、先のことが何もわからないからものすごく不安だし、一方でいろんな可能性がある。その葛藤の中で心が乱れ、もがき苦しむわけです。この本を読んで、同じように苦しんで葛藤している啄木の姿に共感を覚えました。結局、自分はいかに生きるべきか、ということがこの頃の最大のテーマだったのです。

 特に、当時は学園闘争の嵐が吹き荒れていた時代ですからね。政治と行動とか、山のごとくいろんな問題が渦巻いているなかで、自分はどうするのか、どうすべきか、という問いを常に突きつけられる状況でした。安穏に生きることはしたくない。けれども、ではどうするかとなると、なかなか答えは出て来ません。そんなふうに悩んでいた時代だったと思います。

 そういう点では、髙橋和巳はやはり僕らの時代の寵児だったですね。ちょっと内容が硬いせいか、最近はあまり読まれませんが、今読んでもなかなかのものだと思いますよ。1冊挙げるとしたら、『邪宗門』(朝日文芸文庫)ですね。

 後はドストエフスキーとかね。全集も揃えて、マルクスも読みましたよ。マルクスと言えば、黒田寛一の『ヘーゲルとマルクス』(現代思潮新社)は良い本だと思います。いろんな人の論述をカッコつきで取り上げて批評しながら書いてある彼のデビュー作で、8割方は引用ばかりですが、死を控えた若者のひたむきさが行間からにじみ出ています。彼は当時結核にかかっていて、余命わずかだと本人も思っていたのでしょうね。そういう状況で自分の考えを遺しておきたいという気持ちがひしひしと伝わってきます。実際は長く生きて、著作も何冊も出しているし、思想も変質していったといわれていますが、印象的な本と言えます。


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