2024年12月21日(土)

研究と本とわたし

2013年8月26日

――社会人になられてから、読んで印象に残っている本はあるでしょうか?

住氏:やはり仕事に関連する専門書などはよく読みましたね。でも、それらは情報とか知識を得るというだけのものだから、商売道具ですよね。

 先ほど話したように、やはり本というのは、総じて自分がどう生きるかということを考えるときに役立つし、今になって思うけれども、そんなふうに悩み抜く時期があるかないかで、社会に出てから、いざというときの対処の仕方や腹の括り方も変わってくる、というのが私の持論です。人間どこかで覚悟を決めなければいけない時期があるけれども、修羅場の経験がないと、おろおろするばかりで何も決められない。その意味では、覚悟の決め方にも、読書体験が密接に関わってくると思うわけです。

 そうした観点でいくと、『死ぬことと見つけたり』(新潮文庫)などの隆慶一郎のシリーズは感激しました。この小説では、死ぬべきときに死んでこそ武士道だと言うわけ。どこが死ぬべきときかというのは、普通はわからないでしょう(笑)。だから自分の価値や状況をちゃんと見極めて、初めて命を捨てなさいという小説なのですが、おもしろかったですね。

――仕事または私生活での今後の展望をお聞かせください。

住氏:基本的には、隠居をして全集に囲まれた書斎で、悠々自適の生活を送りたい(笑)。父親の影響もあるけど、われわれの世代には、“知識人”というものに幻想を持っている最後の世代ではないでしょうか。それで晴耕雨読というか、そういう古典的な隠遁のイメージが、知識人のファイナルゴールとして究極の理想だという刷り込みがあるんですね。ただ、本をしまっておくスペースの問題が発生します。壁面いっぱいの本棚に本を並べて過ごしたいとは思うのですが、そのスペースが確保できるかが問題です。

 最後に、本に関して一つだけ付け加えておくと、私自身はまだあまりやっていないのですが、最近朗読や音読の効果は大事だと感じています。少年時代に夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでもあまりわからないわけ。ところがラジオで朗読されているのを聴いたら、ものすごくおもしろい。本を読むというのは音の連続だから、音楽と同じでリズムがある。そのリズムと共に、内容が理解されていくということだと思うのです。

 本を読むのは能動的だけど、朗読を聴くのは受動的だから、それだけでもだいぶ違いますよね。高齢になると文字が見づらくなるということもあるし、最近では音声ダウンロードも簡単にできるようになっているので、これからは朗読というものが、本との関わり方において注目される時代になるのではないでしょうか。

――今日はご多忙のところ、どうもありがとうございました。


住明正(すみ・あきまさ)
独立行政法人国立環境研究所理事長、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構客員教授。東京大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。専門は気象学・気象力学。気象庁、ハワイ大学気象学教室助手、東京大学理学部助教授、東京大学気候システム研究センター教授、同センター長、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構教授などを経て現職。邦文主著に『気候はどう決まるか』(岩波書店)、『地球温暖化の真実』『さらに進む地球温暖化』(ともにウェッジ)、『気候変動がわかる気象学』(NTT出版)など。ほかに共著多数。


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