2024年10月28日(月)

偉人の愛した一室

2024年10月27日

貞奴は桃介の
ビジネスパートナー

 名古屋市はこうした歴史を伝え、二人を顕彰するために二葉御殿の保存を決定する。解体調査を行い、部材を極力そのまま用いて改修を施したうえ、現在の場所に移築した。

赤い瓦の屋根が特徴的な邸宅の設計施工は、当時新進気鋭だった洋風住宅専門会社の「あめりか屋」。大正時代に街並みの中ではひと際目を引いたことだろう

 米国風に和風を加味した外観は豊かな建築美をかもす。内部は、1階が接客のための洋風空間と、奥に水回りや使用人のスペースが設けられる。2階は二人の居住空間で、十畳と八畳に、不動明王を祀る三畳の仏間がある。延べ床500平方メートル穂どの和洋折衷建築である。

 社交の中心となったのは1階大広間だ。40平方メートルほどに、半円形の空間が張り出す。大きな窓の下に円形ソファが備わるこの一角は、来客の休憩の場ともなっていた。

大広間に置かれた円形のソファは、当時のスプリングを再利用しており、当時の座り心地を体感できる
大広間の西側の窓にあしらわれている「踊り子」。西日に照らされると、室内に色とりどりな光が差し込んでいた

 ひときわ目を引くのは窓のステンドグラスだ。4枚だての掃き出し窓には初夏の風景、3枚の腰高窓には舞楽する女性たちが描き出され、外からの光で色鮮やかに輝く。寄せ木張りの床も照明器具も往時のように再現されているというから、さぞ華やかな宴が演出されたことだろう。

 この場所で新年会や忘年会、誕生パーティーなどが催され、時に貞奴や桃介が演じる寸劇も披露されたという。螺旋階段を優美な姿で下りてくる貞奴は、大きな拍手で迎えられたことだろう。決まって夜10時には寝てしまう桃介のため、貞奴は一人、来客をもてなすこともあった。大事業を成功させるためにサロンの女主人役に徹していたのだ。二葉館の館長、緒方綾子さんは言う。

貞奴は赤い絨毯が敷かれたこの螺旋階段を使って2階から下り、大広間へ華々しく登場していた
螺旋階段の上部にある照明器具は創建当時のまま残っている。階段に設置されたいくつもの灯りが、ここから降りる貞奴を華やかに照らした

 「貞奴が単なる愛人だったというのは誤りで、桃介のビジネスパートナーといえます。彼女はこの時期、紡績会社を経営していましたし、居室の押し入れは投資先の株券でぎっしりだったそうです」

 桃介の木曽川電源開発は豊富な電力で地域一帯を潤したのみならず、関西地区へも供給されて、送電網の発展の一助にもなる。名古屋の経済発展に大きく寄与したのだった。

 名古屋の地下街を歩くと、コンコースに至るまで冷房が効いていて、蒸し風呂状態の東京とは、やや差があるように感じる。貞奴と桃介がここに暮らしたのは事業にかかる6年だったというが、名古屋が今も二人の恩恵に与っていると思うのは、贔屓目にすぎるだろうか。

1階の絢爛さとは打って変わり、2階の居住空間は純和風の落ち着く空間だ。貞奴が愛用していた品や桃介の直筆の書などが飾られている
桃介は2畳ほどのスペースを書斎として好んで使っていたという
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Wedge 2024年11月号より
民主主義は 人々を幸せにするのか?
民主主義は 人々を幸せにするのか?

「民主主義が危機に瀕している」といわれて久しい。11月に大統領選を控える米国では、選挙結果次第で「内戦」の再来が懸念されている。欧州では右派ポピュリズムが台頭し、世界では権威主義化する民主主義国も増えている。さらに、インターネットやSNS、そして、AIの爆発的な普及により、世の中には情報が溢れ、社会はより複雑化している。民主主義が様々な「脅威」に晒されている今、民主主義をどう守り、改革していくのか。その方向性を提示する。


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